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第4章 修道院
4 修道院へ行く ②
しおりを挟む「おはよう、リザ。早かったわね。レアも来ているの?」
エリザベスに答えながら、辺りを見回しレアを探すエマ。
「レアはまだよ。何かあったのかもしれないわ。これから人も増える時間だし、先に院長にご挨拶をして、中で待たせてもらいましょう。エリー、ルーちゃん行きましょう」
建物内は、静けさの中にも柔らかな空気を纏っている。皆同様の事を思っているのだろう。心なしか表情が穏やかになっているようだ。
エリザベスを先頭に、他の三人もその後ろをついていく。慣れた足取りで歩くエリザベスは、どうやら院長室に向かうようだ。ルイーズとエリーはというと、落ち着いた様子ながらも視線は上・横・斜めと忙しない。初めての場所であるから無理もないのだが。
そうこうしている間にも、院長室の前に着いたようだ。エリザベスがノックをすると、「どうぞ、お入りください」と室内から女性の声が聞こえた。挨拶を返し、エリザベスが入室すると、それに他の皆も追随する。
「ご無沙汰しております、修道院長様。本日はお忙しい中お時間を頂きましてありがとうございます」
「久しぶりね。ご挨拶ありがとう。でも、様はいらないわ。院長でいいわよ」
「畏まりました。しかし、後輩の前ですのでご挨拶の時だけはそう呼ばせていただきます」
「そうだったわね、今日は後輩さんを紹介してくれるというお話だったわね。後ろにいる方たちね」
二人の親しいやり取りを眺めていた二人は、院長からの視線に気付くと自己紹介を始めた。
「はじめまして、シャロン家のエリーと申します。お目にかかれて光栄です」
「はじめまして、ブラン家のルイーズと申します。お会いできて嬉しく存じます」
「二人とも、ご挨拶ありがとう。こちらこそ、お会いできて嬉しいわ。私は修道院長のイリスです。よろしくお願いしますね。さあさあ、皆こちらに座ってちょうだい。ほら、エマちゃんもこちらにいらっしゃい」
穏やかな笑顔で迎えてくれた修道院長との初対面は和やかに進んでいった。しばらくの間、五人で世間話を楽しんでいたその時、ドアをノックしてレアが部屋に入ってきた。
「遅くなりました。申し訳ございません。ご無沙汰しております、修道院長」
「レアちゃん、お久しぶりね。少し元気がないようだけど、体調は大丈夫かしら?」
ソファーから立ち上がり、入室したレアに近づき声を掛けるイリス。
「大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ございません」
イリスへ謝罪するレアに、エリザベスが話しかけた。
「レア、何かあったの?」
「ああ、ちょっと。ここに来る途中で兄と会ったんだが、少し言い合いになってしまってな……まあ、能筋には話しても無駄だった」
「…………」
「……そう」
レアを見ながら、もの言いたげなエリザベスと呆れるエマ。何かあったのか心配そうにレアをみる三人を見つめるルイーズとエリー。
「私の事で話を中断させてしまい申し訳ありません」
レアの謝罪に大丈夫よ、と頷き返すイリス。
その時、ルイーズがレアに近づき、彼女の手をそっと掴んで持ち上げた。手に付着している赤い染みを見つけたようだ。自分のハンカチを急ぎポケットから取り出すと、赤い染みを押さえながら拭き取っている。
「レアさんの血ではないようですが……、少し傷がついています。痛みはありませんか?」
ルイーズに手当をしてもらいながら、自分の手とルイーズの顔を交互に見るレア。
「ありがとう、大丈夫だ。ルーちゃん感謝する」
「良かったです。でも消毒はした方が良いですよ。修道院長様、医務室に行ってきても宜しいでしょうか」
「ありがとう。そうしてくれると助かるわ」
「では、行ってまいります」
「ルイーズ、私も行くわ」
先ほど院長室に来るまでの間、エリザベスに院内を案内してもらった二人は、医務室も確認していたようだ。侍女科に移ってからの二人は軽い怪我をすることが度々あった。その時、怪我を軽くみてはいけないことをマノン先生から言い聞かされていたようだ。
部屋を後にした二人は、静かに、それでも急ぎながら医務室に向かった。来た時に通った廊下では、まばらだが人が多く点在していたため、遠回りだが途中から右側の廊下を渡って医務室に向かった。無事に医務室に辿り着いた二人は、消毒液やガーゼ、タオルを貸してもらい急ぎ院長室に戻っていった。
「お祈りの時間は終わっているはずだから、これから何か作業をするのかしら。思ったよりも人が多いのね」
「そうね。こちらに来た時はこんなにも人がいるなんて思わなかったわ......ねえ、エリー。あそこに座り込んでる人がいるのだけど、大丈夫かしら……ちょっと行ってくるわ」
二人のいる場所から、二十メートルほどのところに、ベンチに腰掛け背を丸くしながら座っている人が見える。ルイーズが近づくと、そこには口の端から血を流している男性がいた。
「大丈夫ですか。口の端から血が流れています。ちょっと失礼します」
男性の口元にガーゼを当て、出血している部分を軽く押さえる。
「まだ痛いですか? この先にある医務室で、傷口を見てもらったほうが良いですよ」
ルイーズに傷口を押さえられている男性は、目を丸くしながら驚いた様子でルイーズの顔を見ている。それはそうか、見知らぬ女性がやってきたと思ったら、突然口元を押さえられたのだ。驚きしかないだろう。しかし、それだけではないようだ。男性の顔がみるみる赤く染まっていく。もうそろそろ口元から手をどかしてあげた方が良いのでは……と思った矢先に、エリーがルイーズに話しかけた。
「ルイーズ、その方、早く医務室で傷口を見てもらった方が良いわ」
エリーの言葉に頷いたルイーズは、男性に医務室に付き合うか聞いているようだ。
「大丈夫、直ぐに医務室に行くから心配しないでくれ……親切に…ありがとう」
男性の言葉に安堵したルイーズは、お辞儀をしてその場を去った。
だから、その後ろ姿をずっと目で追う男性の視線には気づかずにいた。
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