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23話「日常への闖入者-4」
しおりを挟む「そう聞こえたか?言葉の限りで褒めたつもりだが」
クツクツと、喉の奥を震わせるような低い笑い声を出す目の前の悪魔に、わたくしは何も言えずただ佇むことしかできない。――そんな異様な空気を裂いたのは、思いもしない来訪者の声だった。
「リリアンさん、いる?……って、何?僕を差し置いて取り込み中だったの?」
開け放たれていた扉から顔を出すようにして、来訪者……スパーク様がわたくし達を見ている。張り詰めた空気が緩むのを感じて、わたくしは浅く息を吐き出しながらグースから距離を取った。腰に手を当て溜息を吐きながら、スパーク様はわたくしの元へ近づいてくる。
「きみって本当におてんばだよね。昨日の今日でもう元気そうにしてるなんてさあ。本来ならきみの方から僕のところに来るべきなんだけど、全然来る気配がないから仕方なく僕の方から来てあげたよ」
感謝してよね、なんて。そんなことを呟くように言いながら、スパーク様はわたくしの正面へと立つ。彼はグースのことをチラリと横目で見た後、何事もないように話を続けた。
「こんなしけた場所で話すのは、僕の性に合わないな。……そうだ、温室でも行こうか?メイドに軽食を用意させるよ。それじゃ、先に行くけれど僕より遅く来ないでね」
そう言うと、わたくしの返事も待たずにスパーク様は颯爽と立ち去ってしまった。“先に行くけれど僕より遅く来ないで”なんて、舞踏会に一緒に参加させられた事もそうだけれど、スパーク様は無茶なことばかりを言う。
「……怪異について調べるの、忘れるなよ」
隣に立っていたグースはそう言うと、またしてもわたくしの返事を聞くことなく空間に溶けるように消えてしまった。
な、なんなの……?スパーク様もグースも、全くわたくしの意見を聞く気がないわよね……!?
「……考えても仕方がないわね」
わたくしは仕方がないと溜息を一つ吐き出し、温室を目指して歩き出した。
温室は中庭から少し離れたところに建っている。普段は人が入れないように施錠されているそこは、本当に限られた人間のみが入室することを許されていた。わたくしの学年では、ウェルター様とスパーク様しか入ることのできない場所。それはすなわち、この帝国に貢献している上級貴族の令嬢であるわたくしですら入室を許されないほど、貴重な植物が保管されているということ。
いつも遠巻きに見ていた温室の周りは、植物でできた壁のようなもので覆われている。細い鉄の骨組みに巻きつく数多のツタが、誰も立ち入ることは許さないと言っているように感じた。人ひとりがかろうじて通れるほどのわずかな幅しかない門を通って、わたくしは温室へと近づいていく。迷路のように作られた道をしばらく進むと、ようやく開けた空間へと出ることができた。
「……ここが温室……」
繊細に組まれた鉄の骨組みにガラスが張り巡らされている。ガラスでできた城のような全貌に、わたくしは思わず感嘆の息を漏らした。
「なかなかいい場所でしょ?」
「!スパーク様」
放心していたわたくしの隣に並ぶようにして、後ろからスパーク様が現れた。突然の登場に驚いて彼を見ると、彼はいたずらが成功した子供のように微笑みを浮かべた。
「じゃ、中に入ろうか。ランチはまだ食べてないよね?」
その問いかけに答える前に、わたくしのお腹がぐぅーっと音を立てる。とっさに腹部を手で押さえてみるけれど、スパーク様にはしっかりと聞こえてしまったようで「ぷはっ」と遠慮もなくおかしそうに笑い出した。
「っち、違いますわ!べ、別にこれは……その、わたくしが立てた音では……そう!鳥のさえずりですわ!」
「うんうん、そうだね。用意させた軽食を持ってきたから、中で一緒に食べよう」
「ですから、わたくしの音では……!」
おそらくランチが入っているバスケットを持ったスパーク様は、やけに上機嫌な様子で温室の扉の鍵を開けた。わたくしは必死に弁明するけれど、スパーク様はそんなわたくしの言葉を適当に流して温室へと入っていってしまう。
恥ずかしい気持ちを抑えながら、わたくしもスパーク様の後へ続いた。
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