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第34話『”キモチワルイ”』

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「フンっ、これであたしは自由よ!」

 言って、エリィは仁王立ちしていた。
 しかし彼女もまた無事ではなかったようで、額から血を流していた。

 だが怪我を気に留めている様子はない。
 怒りでアドレナリンが大量分泌されているのかもしれない。

 彼女の背後にある巨大樹の幹は、内側から破裂したような痕跡があった。
 それがミシミシと音を立てながらゆっくりと、倒れていっている。

 ボクの知るマジックやスキルではない。
 というよりゲーム時代はシステムの都合上もあるだろうが、そもそも地形オブジェクトは破壊できない。

 現実化した影響で生まれたマジックか、あるいは……。
 今の今まで使わなかったことを考慮すると、彼女が今、新たに生み出したマジックである可能性が高い。

 しかし、詳細に検証しているような余裕はない。
 なにせ今のボクは、生死の狭間にいるのだから。

(こっ、殺されるっ!?)

 エリィに見下ろされ、恐怖で身体が震えた。
 歯の音が合わず、ガチガチと音が鳴っていた。

「あんたを殺すのはあと回しよ」

 逃げ出すことともできずにいたボクへ、エリィはそう吐き捨てた。
 そして、その冷徹な視線を戦場へと向ける。

「んだァ? テメェら」

「おぉっ! 追加のエルフじゃないっすか!」

「へぇ~、ガキじゃねぇか。こいつはかなり高く売れるなぁ」

「横にいるのは、裸の人間か? なんでこんなところに?」

 奴隷商人たちが、こちらへ視線と銃口を集中させていた。
 ズズズという地鳴りを起こして、巨大樹が倒れた。

 土ぼこりが巻き上がる。
 エリィの髪が風圧で揺れ、たなびいた。

「クソ人間ども! よくも、あたしのお父さんを傷つけてくれたわねッ!?」

 エリィは奴隷商人への怒りをあらわにしていた。
 それを見てリョウだけは訝し気な視線をこちらへ向けてきていた。

「まさか、ずっとあそこに隠れていたのかァ? オレたちの<探知>を潜り抜けて? ならばなぜ、不意打ちではなく堂々と姿を現したァ……?」

 ブツブツと独り言のように呟いている。
 言われてみるとたしかに。

 伝説ともいわれるエルフ、アーサルトですら見つかっていたのに。
 考えられるとしたら……。

(あっ!? そういうことだったのか!)

 ボクは視線でウィンドウを操作して、状態を確認する。
 見れば『逃走者』のパッシブスキル<隠密>が発動していた。

「エリィ? な、なぜここにいる!?」

 アーサルトが困惑したように声を上げる。
 しかし、それをエリィはムシした。

「大勢でひとりを嬲ることしかできない臆病者! クソ人間! あんたたち全員、殺してやる!」

 エリィは奴隷商人を罵倒し、挑発した。
 その恐れを知らぬ発言にボクはもう泣きそうだった。

(お願いだから、もうやめてくれ! ボクまで巻き込まれたらどうするんだ!?)

 ただでさえ、奴隷商人たちから向けられた銃口――死の恐怖で呼吸すらままならないのに。
 あ、やば。苦しい。

「ゼヒュー、ゼヒュー……」

 ボクは喘息みたいな呼吸音を鳴らしていた。
 暴走するエリィに再度、アーサルトが声をかける。

「エリィ、このバカ娘が! 僕は逃げろと言っただろう! なんで戻って来た!? どうしてお前は、いつも僕の言うことを聞いてくれないんだ!?」

「……アハッ!」

 エリィはアーサルトの言葉に、そう声を漏らした。
 それはおぞましいほどに、暗い笑みだった。

「お父さん、言いつけを守らなくてごめなさい。でも大丈夫だから。あたしが助けてあげるから。あたしがいればもう安心だから。あたしさえいればお父さんは安全だから。あたしはね、あの最低女――エレナとはちがうもん。お父さんに迷惑ばかりをかける、クズとはちがうから。強いから、大丈夫」

「っ! エレナのことを悪く言うな! さっきの話を聞いていたんだろう。黙っていたことは本当に悪かった。だが、すべては僕の判断だ。お前がきちんと受け止められる年齢になったら、そのときこそ打ち明けるつもりだった。だから、エレナにはなにの罪も……」

「あたし、わかってるから」

 アーサルトの言葉に、エリィが被せて言った。
 ボクは彼女の表情が「怖い」と思った。

「エリィ?」

「お父さんはエルフェイとかいう売女にムリヤリ迫られたんだよね? 相手がお姉ちゃんだから断れなかったんだよね? わかってるから。お父さんは厳しいけど、それは全部あたしのことを思ってのこと。けれど、絶対に――あたしを裏切るようなことは、しないもんね?」

「……エリィ、お前」

 エリィは一歩、足を踏み出した。
 アーサルトへと近づく。

 彼はまるで怯えるように、ビクッと身体を震わせた。
 その目には、理解できないものへと向ける『拒絶』の感情があった。

 ボクも同じ気持ちだからわかる。
 だって、今の彼女は心底……。

 ――キモチワルイ。

「お父さんお父さんお父さん。ねぇ、お父さん。大丈夫だから。お父さんはただ待ってるだけでいいから。お父さんを辛い目に遭わせるクズは、みーんなあたしが殺すから!」

 エリィの視線がぐるり、とあたりを睥睨した。
 周囲の奴隷商人たちへと告げる。

「わかったら、あんたたち……お父さんを解放しなさい!」

 魔力が蜂起し、金の髪が逆立った。地面の砂がぶわっと宙を舞った。
 エリィのそんな威圧に、奴隷商人たちは……。

「はっ」

 ただただ失笑した。
 エリィのふるまいは現実が見えていない”子ども”そのものだった。

 子どもはすぐに勘違いをする。
 がんばればどうにかなるとか、都合よく助けがやってくるとか、覚醒して一発逆転とか。

 そんなものは存在しない。
 だってここは――”現実”なのだから。

 最初から持っている能力しか使えない。
 最初からできることしかできない。

(……バカめっ)

 アーサルトですら勝てなかった敵を、ガキがどうにかできるわけねーだろーが。
 ボクから見ても、エリィは彼よりもずっと弱い。

 ボクにはもうこの事態の結末が見えつつあった。
 諦念が胸中を支配しかけ……。


「――なぁ、あんちゃん」


 奴隷商人たちの視線が、なぜか今度はボクへと向いていた。
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