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第26話『サプライズ』
しおりを挟むエンチャンターのスキル<シンクロ>では射精できない。
そんな生殺しに苦悶の声をボクは漏らし……。
「――オイ! そこにいるヤツ、なにモンだァ!? 出てこい!」
「!?!?!?」
ボクがシンクロしていた奴隷商人の男が、こちらのほうへ鋭い視線を向けてきた。
まっ、マズい!?
緊張感にのどが引きつり、吐き気が起こる。
ゾクリと背筋が震え、冷たい汗が全身からぶわっと噴き出した。
(まさか、見つかった!?)
男はこちらへと拳銃にも近い形をしたものを向けていた。
あれは……魔導具『魔銃』?
(なんでわざわざ、そんなネタ武器を?)
俺は首を傾げた。
え、それなら全然平気なんじゃ?
だって、ゲームのときの設定に沿えば、それは一定の威力しか発揮できない産廃だ。
なにせ、キャラクターのステータスがほとんど反映されないのだから。
上がるのは命中率だけで、威力も連射力も頭打ち。
活躍できるのは、せいぜいレベル20までのザコ相手だけ……ん?
(ボクは今まさに、そのザコじゃねーか!?)
忘れていた。今のボクはLv.12でしかないんだった。
まさか、ネタ武器に怯えなければならない日が来るとは。
もちろん威力は、命中個所によっても変わってくるだろう。
しかし、死ななくたって、大ダメージを受けたときの痛みを思い出すと……。
そ、そうだ! ここはおとなしく投降しよう!
ボクは悪いことなんてしてないし、奴隷商人と同じ人間だ。
それに、いざとなったら……。
ボクはチラリと、テオが拘束しているエリィを見る。
(エルフを差し出せば許してもらえるかもしれない!)
ボクはそう意を決した、そのとき。
それよりも一瞬早く、べつの人影が姿を現していた。
「へ?」
木漏れ日がその正体を照らし出し、明らかにする。
そこにいたのは……。
――エリィの、お父さん?
「んんんぅ~~~~!」
「あっ、バカ! 静かにしろ!」
ボクは小声で、興奮したエリィをたしなめる。
もしかすると彼女は、ずっと父のことを心配していたのかもしれない。
目の前の地獄……男のエルフは拷問され、女のエルフは凌辱されていた。
その中に自分の父もいるのではないか? と。
彼女の瞳には安堵でだろう、涙が浮かんでいた。
しかし、すぐさまその表情が蒼白に変わる。
「オイオイ、どうしたァ? ずいぶんと満身創痍じゃねェかァ?」
エリィの父の姿は、あまりに異様だった。
なぜ、まだ立っていられるのかわからないほどにボロボロで、満身創痍もいいところだ。
しかし、それだけ酷い状態にも関わらず、まだその目は死んでいない。
憎悪を煌々と瞳の奥に燃やし、鋭い視線を奴隷商人たちへと向けている。
「キサマたち……よくもォおおおお! エレナを、放せぇえええッ!」
鋭い声が発せられた。
まるで手負いの獣だ。大気が震えたのを感じた。
周囲にいた奴隷商人たちですら、わずかにたじろいだ。
ボクは直接その敵意を向けられたわけでもないのに、全身から汗が噴き出していた。
「ほほゥ?」
エレナを犯していた男が、目を細めて愉し気な笑みを浮かべた。
まるで新しいおもちゃでも見つけた、子どものような表情。
強い風が吹きはじめる。
木の葉が舞い上がっていた。
風の中心に立っているのはエリィの父。
彼の身体からは、おぞましいまでに大量の魔力が溢れ出していた。
「……ひっ」
思わず、声が漏れた。
全裸のまま風に晒され、ボクは震える。
(まるで小さな台風だ……!)
ほかのエルフたちとは明らかに、実力が一線を画している。
エリィの父ならば本当に、今ここにいるすべての敵を皆殺しにできそうだった。
そんなやつの娘を今、ボクは拘束しているわけで……。
もしかして、大変なことをしちゃってるんじゃ?
ボクは彼のステータスを覗き見た。
――――――
エルフ族♂ Lv.83
HP : 96/ 559
SP : 45/ 134
MP : 215/ 870
状態: 重傷
――――――
文字通りレベルがちがう。
奴隷商たちのレベルは、かなりまちまちだ。
下はLv.20台から。上はひとりだけLv.77の巨漢の男がいた。
そして、ほとんどはLv.40~50といったところ。
ゲーム時代のボクとは比べるべくもないが、平均するとかなり高い。
しかし、所詮は人間だ。
Lv.100のドラゴンとLv.100のスライムが同じ強さのはずがない。
(よしっ、このまま隠れていよう!)
もう全部、あいつでよくね?
残りはすべてエリィの父がなんとかしてくれるだろう。
ボクは出ていく必要はない。
むしろ、ここで出て行っては戦闘の邪魔になるだろう。
そんな賢明な判断をボクは選ぶ。
これは断じて臆病でも、逃げているわけでもない。正しい行動をとっているだけだ。
空気が張り詰めていた。
シンと静まり返ったそこに……。
「――くははッ」
耐え切れない、といった様子で男の笑い声が零れた。
その声につられたように……。
「あはっ!」
「はっはっはっ!」
「アハハハハハッ!」
奴隷商人たちの笑い声が連鎖した。
それは異様な空気だった。
エリィの父の登場に驚きはした。
しかし、まるで……ちっとも恐れてなんていないかのような。
驚きはしたものの、それは”サプライズ”的な意味で。
今はむしろ”イベント”が起きたことを楽しんですらいるようだった。
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