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第12話『これはナニ?』
しおりを挟むボクは巨大樹の上で、世界に全裸を晒していた。
服を脱ぎ捨てて、水を浸したぞうきんで身体を拭う。
水は驚くほど冷たかった。
「……ふぅ」
最初は抵抗があったが、思ったより気持ちがいい。
身体がさっぱりしてくると、つられて思考もクリアになってくる。
「あ、そうだ。”テオ、ボクの身体をきれいにしろ”」
わざわざ、自分で拭く必要なんてないことに気づいて、そう命令した。
今のボクには便利な”奴隷”がいるのだ。
「……」
テオは無言でぞうきんを受け取ると、ボクの背中を擦りはじめた。
あー、そうそう。いい感じに背中の皮膚が削れ……。
「って痛だだだぁあああ!? ちょっ、ストップ! 今すぐ”やめろ”!?」
テオが背中を擦るのを止める。
ボクは痛みで、巨大樹の枝の上をのたうち回った。
「こんの脳筋バカが! しょせんは魔物! しょせんはサルだな!」
クソぅ、ちょっとテオのをSTR値をナメていたな。
いや、でも……あれ?
ケガをしたボクを運ぶときは、もっと丁寧だった気が?
つまり、ワザと?
……まさか、な。
恨みを買ってるわけでもあるまいし。
「よし、だいたい身体もきれいになったか。けど、またこれを着るのかぁ」
ボクは自分がさっきまで着ていた服と向き合う。
吐瀉物と血と小便と大便と涙と鼻水と汗と泥と垢にまみれ、さらにはあちこちにいくつも穴が空いていた。
「テオ。ちょっと、これ”洗って”みて」
残ったバケツの水で手洗いさせてみる。
いろんなものが混ざって、余計に酷くなった。
「困った。着るものがない」
ボクは今、完全にスッポンポンだ。
下着1枚すら残っていない。
「テオはいいよな~。元から裸だもんな~」
さすがにボクはまだ、そこまで野生に返るほど人間を捨てちゃいない。
それにこの恰好じゃ、エルフ少女にも会いづらい。
「うーん、どうしたもんか」
ボクはちらりと出入り口の扉に視線を送った。
今、ボクたちは部屋から締め出され、扉も閉じられてしまっている。
とりあえず、近くの葉っぱでも股間に貼っておくべきか?
そんなことを考えはじめた、そのとき。
『あぁあああ! やぁ~っと終わったぁあああっ!』
扉越しにエルフ少女の歓声が聞こえてきた。
今なら機嫌がいいかもしれない、とお伺いを立ててみる。
「ぁ、の……きひっ、服、ょかっ……その、クリー、ン……」
よし、ちゃんと『ボクたちの服にマジック<クリーン>をかけてもらえませんか?』って聞けたぞ!
これで万事解決だ!
顔を見なければわりと会話もなんとかなるな。
なにせボクはその道のプロだ。
いったい何年、扉越しの母と会話してきたことか。
語彙も『死ねクソババァ!』や『うぜぇ~んだよ!』など大変豊富。
『はぁ? 聞こえないんだけどぉ~。なんてぇ?』
ダメだった。
ボクのリアルで培った”スキル”は通用しないようだった。
「ぃや、……ぁ、の……服、を」
『だから聞こえないっての! ……チッ。人間ってほんと手間がかかるわね。まともにしゃべれもしないし』
苛立ちを滲ませた声とともに、足音が近づいてくる。
ボクは慌てた。
「待っ、きひっ……い、今は!?」
乱暴に扉を開かれた。
エルフ少女と全裸のボクが対面する。
「ウジウジ気持ち悪いのよ! ちゃんとお腹の底から声を出しキャァアアアアアア!」
「キャァアアアアアア!」
エルフ少女は悲鳴をあげた。
ボクも悲鳴をあげた。
「このっ、バカ! ヘンタイ! マジでキモい! 消えろぉおおお――マジック<ブリーズ>!」
「待っ……!?」
エルフ少女が突き出した手のひらから、光の奔流。
それは強風となってボクの身体をしたたかに打った。
「ひぅきひぃいいいぁあああ!? お、落ちぶぅほぉおおおっ!?」
吹き飛ばされてボクの身体は宙を舞った。
枝から放り出された。
――地面が、ない。
死。ボクはそれを幻視した。
浮遊感に股間がヒュンとした。
(あ、終わっ……)
そのとき、ガシリとだれかに足首を掴まれた。逆さ吊りで、ボクは制止していた。
助けてくれたのは……。
「テ、テオぉぉおおおおぅっ!」
ありがとう! 本当にありがとう!
遅れて、今さら恐怖でぶわっと目から涙が噴き出す。
「……」
テオは無言で、ボクを枝の真ん中あたりに転がした。
ボクは大の字になって、荒い息を吐いた。
「はぁっ、はぁっ……、あっ」
呼吸が落ち着き始めたころ、気づく。
情けなくも小さく縮こまったボクの息子が、大自然へさらけ出されていた。
エルフ少女の視線もまた、じぃ~っとそこを向いていた。
(マズい! また吹き飛ばされる!?)
そう慌てたが、とくになにも起きなかった。
さすがにエルフ少女ももう落ち着いた、ということだろうか?
「……ふ、フンっ!」
エルフ少女が鼻で笑う。
しかし、微妙に身体は震えていた。
もしかしてこれ、ただの強がりか?
だとしたらちょっと、かわいいが。
「いきなり男性の裸を見て驚いちゃったけど、しょせんは人間じゃない! 気になんてすることなかったわ! それに……」
エルフ少女は「ぷふっ」とボクの身体を見て吹き出した。
それから、ボクの股間を指差し……。
「本当にだらしない身体ねっ。まるでオークじゃない! しかも、そんなところにおできがあるなんて! うわ~、ダサぁ~い。マジキモ~い。恥っずかし~!」
そう罵倒(?)した。
えっ、もしかしてこの子!?
(――”チンコ”を知らない!?)
「なによあんた、黙りこくっちゃって。もしかしてそれ、コンプレックスだった? 言っちゃいけないやつだったの? ごめんねぇ~? 痛い所突いちゃって……ぷふふぅっ!」
エルフ少女はそう嘲笑し続ける。
しかしこの状況、本当に恥ずかしいのはいったいどちらだろうか?
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