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第11話『青の天幕、緑の絨毯』

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「「……」」

 テオとエルフ少女のにらみ合い。
 それを制したのはテオだった。

「はぁ~。わかったわよ。降参」

 エルフ少女は嘆息し、警戒を解いた。
 マジックで作られていた細剣が、光の粒となって霧散する。

「どうせなら、生きた状態でお父さんに見せたいし。けど、次にそんな反抗的な目をしたら許さないからね。だって、しつけは大事だから」

 べつに死体でも構わない。そんなニュアンスだった。
 ボクは今さらに気づく。

 ここは異世界なのだ。
 当然、命に対する価値観もボクたちとは全然ちがうのだ。

「……助か、った?」

 いずれにせよボクは生き残ったらしい。
 そう安堵したとき、下半身が一気に弛緩した。

「ぁっ」

 じょじょろろろろ、ぶぶぶりゅびちゅ、と汚い音が部屋に響いた。
 汚物の臭いがぷぅ~んと広がった。

「え、なに……ひ、きゃっ!? き、キモッ! 汚ッ! クサッ!」

 エルフ少女は先ほどまでの高圧な態度とは一転、予想外な……いや、見た目に相応のかわいらしい悲鳴を上げ、全力でボクから距離を取った。
 そして、我に返ってキレた。

「って、あぁあああもぉおおお~!? 最ッ悪ッ! あたしの秘密基地がクソまみれにぃいいい!? ちょっと、クソ人間・・・・! あんたもいつまでのんびり座ってんのよ!? 早く立って! 外に出て!」

 エルフ少女は、ほとんどヒステリーに近い声で叫んだ。
 ご、ごめんなさいぃいいい!

 しかし、ボクも立ち上がりたいのだが腰が抜けていた。
 結果、ばちゃんっ! と汚物でできた水たまりにケツを落っことしてしまう。

 さらに、クソのしぶきがあたりに飛び散った。
 彼女は「ぎゃぁああああああ!?」と悲鳴を上げた。

「なななっなにしやがんのよこのクソ人間!? さっさと外に出ろって言ってんでしょ! お願いだから早く出てよもうッ! あー殺す! 絶対殺してやる! だから外に出ろ!」

 エルフ少女の髪が逆立っていた。
 たぶんこれ、演出じゃない。魔力が顕現しようとしている証拠だ。

(あっ、ダメだこれ。今度こそ殺される)

 エルフ少女の周囲にライトエフェクトが奔流となって表れる。
 ボクが絶望とともに諦めかけたそのとき、身体がひょいと持ち上げられた。

「テ、オ……!」

 そのまま外へと運び出されていく。
 汚いものをつまむような持ちかたなのは、きっと気のせいだろう。

 ボクはテオに心底感謝した。
 やっぱり信じられるのは――”奴隷”だけだ!

「テオぉおおお、ありがとぉおおおっ!」

 ボクはテオに抱き着いた。
 べちゃっ、と汚れがついた。テオがどこかイヤそうな顔をしたのは、きっと見間違いだ。

「あーもう、キモい! あんたたち、ほんと最悪!」

 失敬な! テオとの”友情”を貶さないでほしい!
 ほんと不愉快しちゃう。

「マジック<クリーンナップ>」

 ボクが部屋を出てすぐ、エルフ少女はマジックを唱えていた。
 眺めている間に、室内から汚れが消えていく。

 知らないマジックだった。
 そもそも、ゲーム時代には『汚れ』という概念そのものが存在しなかったし。

 どうやら現実との融合は、マジックの種類にまで影響を与えているらしい。
 というか……。

「そのマジックで、ボクのこともきれいにしてくれればいいんじゃ」

 ぼそり、とひとりごとを漏らす。
 エルフ少女の長い耳は、それを聞き逃さなかったらしい。

「なにそれイヤミ? なんであたしが、そこまでしてあげなきゃいけないのよ!」

 き、聞こえていたのか!?
 ま、まぁ、そこまでは約束に入ってなかったし仕方ないよな!

 部屋がきれいになるまで、おとなしく外で待っていよう。
 いや、ビビッてなんかないっつの!

「はぁ……」

 手持ちぶさたになったボクは視線を前方へと向けた。
 その景色でも眺めて時間を……。

「え?」

 ボクの目がくらんだ。
 それは強い日の光が差し込んでいたせいだ。

 そこでボクは違和感に気づいた。
 おかしい。そういえばここは、うす暗い森の中じゃないのか?

 まさか、気を失っている間にそんなにも移動した?
 いや、にしてはいまだに自然の匂いが濃すぎる。

「……っ」

 やがて、光に目が慣れてくる。
 視界が一気に広がり……。

「なんっ、じゃここはぁああああああ!?」

 ボクは思わず叫んだ。
 視界には……。


 ――どこまでも続く青い天幕そらと、眼下を埋め尽くす緑の絨毯もりが広がっていた。


 ヒントはあった。

 丸っこい部屋の形状、窓から手を伸ばして届く距離にある枝葉。

「まさか、ここ……木の上ぇ!?」

 巨大樹の中でもさらに頭ひとつ高い、超・巨大樹。
 その枝の1本に、ボクは立っていた。

「ねぇ、あんたたち。ほらこれ」

 呆然と眺めていると、背後からエルフ少女に声をかけられる。
 なにかが出入り口のすぐ外に置かれていた。

 それは水の入ったバケツと、それから1枚のぞうきんだった。
 まさか……。

「部屋に入るなら、きれいにしてからじゃなきゃ許さないから」

「ぃっ!?」

 いやいや、待て! 待ってくれ!
 汚れを落とすことに異論はないが、こんな場所でか!?

 こんな見晴らし最高の場所で露出しろって?
 なにより、もし落っこちたらどうしてくれるんだ!?

「ぁ……ぅ、うぁ」

 下を見ると足がガクガクと震えた。
 もしここへ運ばれるときに意識があれば、こんな場所に来るなんて絶対に拒否していた。

 枝は太く、そう簡単に足を踏み外しそうはない。
 それに、いざとなったらテオが助けてくれると信じている。

 だからって怖いことには変わりない。
 ボクはこの世界のトンデモさに圧倒されていた――。
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