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第2話『使用済みティッシュ』

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 ボクは受験に4回失敗して、大学進学を諦めた。
 そのころには弟との仲も最悪にまで落ち込んでいた。

「これでも昔は、仲のいい兄弟だったんだけどなぁ」

 そのあとは就職にも失敗した。
 アルバイトすら、どれも2週間ともたなかった。

 そこまで至ってようやく気づいた。
 自分にはすでに人と向き合う能力が残っていないのだ、と。

 ボクがアイツらの奴隷であった高校3年間で、人と接する才能を、勇気を、活力を……。
 すべてを、奪われてしまっていたのだ。

 ――もう、ムリだ。

 そこからはあっという間。
 完全に引きこもり、家族とすら顔を合わさず、ゲームの世界にのめり込んだ。

 その世界にいる間だけは、自分が王になれた。
 すべてを従え、蹂躙することができた。

「……でも」

 すでに身体は30歳を目前にしている。
 精神はまるで成長していないのに。

 布団から顔だけ出す。
 視線の先、暗闇の中で光るディスプレイには彼の姿があった。

「ボクにも力さえあれば……」

 そんなことを考えながら、ボクは彼へと羨望のまなざしを向け続けた――。

     *  *  *

「……フガっ」

 自分の鼻が鳴って、目を覚ました。
 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 何時間寝ていたのか、なんてことをわざわざ確認したりはしない。
 そんな感性はとっくの昔になくしている。

「けど……すっげぇ、のど乾いた」

 もぞり、と身体を起こす。
 視線を向けると”彼”は、ボクが眠る前と同じ場所で立ち尽くしていた。

「当然、か」

 所詮はゲームのキャラクターなのだから。
 操作しないかぎり、彼がなにかをすることはない。

 ボクを助けてくれることもない。
 役に立つのはせいぜい、このモニターからあふれた光くらい。

 そんなことを考えながら、ディスプレイのバックライトを頼りに手を伸ばした。
 ぬるくなったコーラがそこにある、はずだった。

「なんだよ、全部空じゃねーか」

 ディスプレイの隅に表示された時間を確認する。
 時刻は丑三つ時を示していた。

「ラッキー。この時間帯なら……」

 今ならみんな眠っている。
 だれとも顔を合わせることなく、台所から飲みものを取って来られる。

 ボクはのそりと立ち上がった。
 ついでとばかりにゴミをまとめた。

 ごみの内容は、使用済み・・・・のティッシュが半分、インスタント食品の容器やお菓子の袋なんかが半分。
 それらを全部ビニール袋に突っ込むと、口を縛れなくなった。

「まぁ、いいか。どうせゴミ箱に突っ込むだけだし」

 ついでとばかりに、ボトラーした・・・・・・ペットボトルも袋に詰め、両手に持った。
 ガチャリと部屋のカギを開け……はたと動きを止める。

「もしかして今日、弟が泊まってたりしないよな?」

 万が一にも、鉢合わせるなんてことにはしたくない。
 けれど、のどは乾いているし。

「……よし」

 迷い、だが結局は欲が勝った。
 ボクは音を立てないよう、ゆっくりと扉を開いた。

 外の世界――廊下はシンと静まり返っていた。
 開いたときと同じように、あるいはそれ以上にゆっくりと扉を閉めた。

 足音に気をつけつつ、1階の台所を目指して移動をはじめる。
 廊下は真っ暗だが、電気は点けなかった。

 30年近くも生活している我が家だ。
 明かりがなくたって身体が覚えている。

 なにより、ライトに誘われてだれかの目を覚ましてしまうほうがよっぽど怖い。
 廊下を過ぎ、階段に差しかかる。

 歩くたびに、ギィギィとボクの体重に階段が軋んだ。
 しかし幸い、だれにも気づかれることはなかったようだ。

「ふぅ~」

 階段も終わりが見えてきた。
 ここまでくればあとは簡単だ。

 そう安堵した、そのときだった。
 すぐそばで『ジャー!』と大きな音が鳴った。

「!?」

 身体が勝手にビクゥっ! と震え、萎縮した。

 音の発生源は、階段の突きあたりにある1階のトイレだった。
 だれかが水を流したのだ。


(マズい、起きてたのか!? すぐに隠れないと!)


 そう焦るが、長年の引きこもり生活で瞬発力を失ったボクの身体は言うことをきいてくれなかった。
 しかも、両手が塞がっていたもんで、身体のバランスを崩してしまう。

 階下へ向かって、身体が傾いていく。
 それと同時にトイレの扉が開いた。

(弟か? 母親か? 父親か? せめて弟ではありませんように!)

 そんな願いは運良く……いや、運悪く・・・叶えられてしまった。
 トイレから出てきたのは、見覚えのないハタチ前後の女性だった。

 彼女は状況に理解が追いついていないのか、ポカンと口を開けていた。
 そんな彼女を見てボクは……。

(あ、可愛い)

 のんきにも、そんな感想を抱いていた。
 人間、いざというときは現実逃避をしてしまうものなのかもしれない。

 ボクは反射的に身体を支えようと腕を伸ばし……。


 ――ぽよんっ。


 手のひらが柔らかいものに触れた。
 女性のおっぱいだった。

 彼女の表情が一拍遅れて変化した。
 呆然から、驚愕と飛び越え恐怖へと。

 ボクはそのまま彼女を押し倒すように、床を転がった。
 手に持っていたゴミが散乱し、ペットボトルが地面を跳ね、夜の闇に大きな音が響いた。

「ぐぇっ!?」

 倒れたでうめき声が漏れる。
 だが女性が下敷きになったおかげで、想定していたほどの痛みはなかった。

 それよりも、今の……おっぱいだ!?
 本物のおっぱいだ!

 はじめて触れたソレの、あまりの柔らかさにボクの意識はすべて持っていかれていた。
 だから忘れていた。

 ――ベチャリ。

 と、音が聞こえた。
 倒れた女性の顔に、ボクがぶちまけたゴミが……ティッシュが張りついていた。

 ティッシュはゆっくりと、垂れるようにして床に落ちた。
 彼女の顔にはべったりと精液が付着していた――。
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