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第20話『ここがヘンだよ日本』
しおりを挟む「あー姉ぇえええええええええっ!?」
俺はあー姉ぇに掴みかかりガクガクと頭を振り回した。
「おまっ、お前ぇえええ~~~~!?」
「あはは、驚いた? そんなによろこんでもらえるなんてサプライズしたかいがあったなー」
「ちっがぁあああう!? わたし、姉ヶ崎モネの正体知っちゃったとき言ったよね!? 『VTuberファンとしての立場を崩したくない』って! ぎゃぁあああ、よりによってイチ推しの3D体を見てしまったー!?」
「……あっ」
「『あっ』、で済むかぁ~~~~っ!?」
「えーっと、ごーめんちゃいっ?」
あー姉ぇは誤魔化すように、テヘペロと舌を出した。
俺は崩れ落ち、床に突っ伏してしくしくと涙を流した。
バカあー姉ぇえええ、絶対に許さん……!
しかし、さらに追いつめようとしたとき、横合いから声がかかる。
《えーと。もしかしてワタシ、会わないほうがよかったか? アネゴから「イロハちゃんにサインを書いてあげて欲しい」って頼まれてたんだけど》
《え、サイン? そ、そんなことないよおーぐちゃん。大ファンだもん、もちろん会えてうれし……うれ、し……おえぇぇっ。あー、ヤバ。ジレンマと興奮でゲロ出そう》
《ちょっ、ダイジョブか!?》
そうか、サイン。
たしかにあー姉ぇとその約束をしていた。
もしかすると彼女は、約束を叶えようとしてくれただけなのかもしれない。
せっかくなら手渡しのほうがうれしかろう、と。
だが、約束は直筆サインだったはずだ。
だれが直接サインを渡してくるだなんて、だれが予想できる!?
《じつはワタシも、イロハちゃんに会ってみたかったんだよ。今、何歳? 小学生だよな? もう8月だけど、日本だと卒業式はまだだっけ。いやー、本当に小さくてかわいいな》
《いやいや、おーぐちゃんのほうこそ小さいと思うけど》
《ちっちゃくないわっ! ワタシはナイスバディのイケてる女だし!》
あんぐおーぐは腰を突き出してセクシーポーズを取った。
子どもが大人ぶっているようにしか見えなかった。
アネゴはそんなポージングを見てゲラゲラと笑っている。
「そーだよねー、おーぐはセクシーだもんねー? 日本に来るとき、子どもと間違えられて空港で『ひとりなの? 親御さんは?』って止められるくらいに大人だもんねー」
「うぐぅっ!? オマエぇ! それは言わない約束ダロ!」
あんぐおーぐはカタコトながら日本語で、そうあー姉ぇに言い返す。
あまりに容易に想像できる光景で、俺も笑ってしまう。
《イ~ロ~ハぁ~! 笑ったなぁ~?》
《ひゃ~!? ごめんなさい! って、そうじゃなぁあああい! どうしてここにおーぐちゃんがいるの!?》
《決まってるだろ。遊びに来たんだ!》
言われてみれば直近の配信にて、とある予定のために準備中だと言っていた気が。
しかし、それがまさか日本へ――それもあー姉ぇの家へ来ることだなんて。
「よし、じゃあ全員揃ったことだし行こうか!」
「行くってどこに?」
「そりゃあもちろん……」
* * *
「――観光だよ!」
そんなわけで俺たちは街へと繰り出した。
あんぐおーぐは目をキラキラさせながら、視線をあちこちへと向けていた。
「おーぐはどこ行きたいんだっけ?」
「ヨシノゥヤ、ココカリー、ミスター・ドーナ……あとコンビニエンストアにも行きたイ!」
「あははは! 食べものばっかじゃん! おーぐは食いしん坊だなー。まぁ、育ち盛りだし仕方ないか!」
「子ども扱いすんナ!」
そんなことを言いながら、練り歩く。
あんぐおーぐは「あれは!?」「これは!?」と指をさして聞いてくる。
道を歩いては……。
《なんでこんなに自動販売機が多いの!?》
と驚き。
飲食店に入っては……。
《接客が丁寧で、なんだかエラくなった気分! ムフーっ!》
《食事のマナーも知ってるよ。”イタダキマス”》
《なんてこった。これが”ギュウドン”なのか!? うますぎるんだが! あーたまらんっ、このソースをアメリカに持って帰らせてくれ!》
《これもばっちり予習済みだよ。日本じゃチップは渡しちゃいけないんだろ? 代わりにこう言うのさ――”ゴチソサマデシタ”》
とドヤって見せ。
コンビニへ行っては……。
《えっ!? ”汗”が飲みものとして売られてる!》
《なんでこのハーゲンダースはこんなに小さくて高いんだ?》
《食後のスイーツはこの”マッチャシラタマアンミツ”にする! かわいくておいしそう!》
と買いものを楽しんでいた。
そうしてコンビニ袋を片手に、俺たちはあー姉ぇの家へと帰還した。
まだあんぐおーぐも日本に着いたばかり。
時差ボケもあるので、今日は近場だけで済ませ明日に備えるとのこと。
じゃあ、そろそろ解散か。
と思ったところで、あー姉ぇから「待った」がかかる。
「もーっ、なに言ってるの! まだやることがあるでしょ?」
「え?」
「あたしたちの職業を忘れたの?」
そんなわけで……。
* * *
「”みんな元気ぃ~? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆” 姉ヶ崎モネでーすっ☆」
《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》
「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす」
>>アネゴ好きだぁあああ!
>>やぁ、おーぐ(米)
>>イロハちゃんキター!
コメントが流れる。
俺はそれをあー姉ぇのとなりから眺めていた。
今日の俺はトラッキングができないので、止め絵での参加だ。
あんぐおーぐはあー姉ぇの逆となりで、アメリカから持ってきた自前のノートパソコンを開いている。
「みんな~、もう気づいてるよ姉ぇっ? 今日はおーぐとイロハちゃんとのオフコラボです!」
「ドーモ、日本のミナサン。今、ワタシは日本に来ていマス。アネゴの部屋にいマス」
コメント欄が一気に盛り上がる。
日本とアメリカ双方から一斉に質問が飛んできた。
どこ行った? どんなことした? どう思った?
あんぐおーぐはそれらの質問にテンポよく答えていく。
合間でアネゴがあんぐおーぐの恥ずかしエピソードを暴露したり、俺が翻訳や解説などを挟みつつ話は進む。
と、日本のコンビニの話になったところで……。
《じつはさっき日本のコンビニでスイーツを買ってきたんだ! せっかくだから今、食べちゃおうかな》
ガサゴソとコンビニ袋を漁りはじめた。
なるほど、すぐに食べなかったのはこういうわけだったのか。
思えばあんぐおーぐとあー姉ぇが買ったのは、どちらも日本っぽいスイーツだ。
俺は気づかず、普通に自分が食べたいものを買ってしまった。
ふたりとも完全に、配信に生活が寄り添っている。
こういった些細なことからも配信者としての格のちがいを感じた。
人気なVTuberには人気になるだけの理由がある。
そして、努力や継続といった裏付けがあるのだと思い知らされる。
《それじゃあ”イタダキマス”》
あんぐおーぐの買ってきた商品が配信画面に映されている。
抹茶白玉あんみつ。白玉とフルーツポンチとあずきと抹茶をちゃんぽんしたようなメニューだ。
《ん~っ!? この白い”オモチ”? すごくオイシイ! この四角くて半透明のやつはあんまり味しないね? あー、抹茶はオトナの味ダナー。けど全部一緒に食べると最高!》
続いて、あー姉ぇが買ってきた商品も映しだされる。
日本にしかないであろう駄菓子だ。
「これもおいしいよ。おーぐも食べてみ」
「これはナニ? アッポー?」
「あーそうそう、アポーアポー!」
>>あっ……
>>アネゴお前www
>>日本のリンゴはずいぶんと小さくて赤いんだね(米)
《”イタダキマス”。あ~ん……んっぐぅんんんぅうううううう!? ごほっ、けほっ!? なっ、なななっ!? スッパァアアアイ!? めちゃくちゃスッパイ!? なんだコレぇえええ!?》
「あはははっ! やーい、だっまさーれたー! おーぐ、それはカリカリ梅だよ」
俺は海外勢とあんぐおーぐに向けて、カリカリ梅について説明した。
あんぐおーぐはもだえ苦しみながらも、なんとかそれを飲み込んだ。そして、あー姉ぇへと掴みかかる。
《このクソアネゴ! オマエ、またやりやがったなぁ!? 口が取れるかと思った! ハーッ、ハーッ……今でも口の中がヤヴァイ! イロハちゃんもわざと指摘しなかったでしょ!?》
《イヤー、わたし日本語読めないから気づかなかったナー》
>>草(米)
>>ハイパーポリグロットがよく言うwww(米)
>>都合よく読めたり読めなかったりする目だなぁw(米)
そんな感じに配信は大盛り上がり。
気づけばもういい時間になっていた。
俺たちは「”おつかれーたー、ありげーたー”」ともはや恒例になったあいさつをする。
最後にあんぐおーぐが《”カリカリウメ”の味は一生忘れられない。悪いイミでな!》と述べ、この配信は締めくくられた。
当然のように、めちゃくちゃ切り抜かれた。
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