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第三回 崩壊、密談、救助の声。

三の一(浴室で情事、ひとまずの別れ、復帰 ★R-18描写あり)

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 /一


 快晴の朝。
 男二人では窮屈な浴室で、宋江は大柄な李逵を座らせると背後に立ち、李逵の髪を洗ってやることにした。
 硬く汗ばむ黒髪を指で梳き、研ぎ汁で頭ごと揉む。
 すると、李逵が唸り声を上げた。

「李逵はもう大人なんだ、一人で髪ぐらい洗えないといけないよ」
「うー。めんどくさい」
「こら、逃げるな。三日に一度は顔を洗い、五日には沐浴をする。でないと……」

 小言と共に水を頭から被せると、李逵が犬のようにフルフルと体を震わせた。
 ヌルヌルした液体を掌で払ってやる。
 黒光りする全身がグルリと後ろを向いた。

「アニキ。おいら、キレイになった?」
「うん。さあ、自分でしっかり汚れを落としなさい。そうしたらもっと綺麗になる」
「もう落とした! キレイになった! ……ちゅー、しよ?」
「こらっ」

 全裸の李逵は背後で髪を洗っていた宋江に向き合う。
 そして承諾を得るより先に、同じく裸のまま世話をする宋江へ抱きついた。
 抵抗するより早く、唇を重ねる。

「ぁむっ、んんぅ。……り、李逵、今は、違っ……んんぅ!」

 李逵に頭をがっしりと掴まれ、宋江は口内に舌を突き入れられた。

「ふぅ、んん。李逵、だめ……もう、口付けは……んんぅっ」

 李逵が宋江の味を知って七日目。
 すっかりその虜になった幼い彼は、幼さに似合わぬ巨体を縦横無尽に押し付けるようになった。
 飲まず食わずで繋がり合った結果だった。肛虐の楽しさを知った李逵は、『唇を重ねて舌を奪えば、すぐにアニキが興奮する』と覚えた。
 だから宋江の体を欲しくなったら、まず唇を犯すように学んだのだ。
 数日前まで性交など未知のものだった李逵だったが、楽しさとコツを見出してしまった。
 唇を奪いながら、太い指を遠慮なく宋江の下半身へと進めていく。

「えへへ。アニキ、ちゅーされて、またここがクチュクチュしてる」
「ぁ、んぅ……。そこはっ、刺激されたら、濡れてしまうものなんだ……!」
「おいらは、ならないよ。アニキとちゅーしても、アニキみたいに可愛くならない」

 肛門に指を突き立てられ、宋江は悶える。
 さらにより良く抜き差しするため、李逵は宋江の片足をヒョイッと持ち上げた。

「ぁっ! こ、こんな昼間から、浴室で、いけない、んぅぅぅぅ!」

 そして呆気なく、宋江の感じるところを目掛け、硬い亀頭を押し込むのだった。

「んぅっ! だっ、ダメだよ李逵……ぁぁっ、んぅんんぅ!」

 奥を突かれる。宋江は恍惚の声を上げてしまうが、必死に押し留めようとした。

(そう、男はこうはならない。こんなに感じて、受け入れる体になるのは、私だけ)

 腸を引き裂く巨根が、爪の先まで快楽を届けてくれる。やめられなかった。

(陽が出ているのに、こんな淫らな行為に幸福を感じるなんて……私は……)

 連日休まず、淫らに腰を振り続けた。それももう七日が経つ。
 性欲は収まっている筈だが、求められたら応じてしまっていた。
 いけない、止めなくては、淫乱な日々を終えなくてはと思っても、激しい動きに身を任せてしまう。

「んんっ、アニキ、イって、おいらもイクよ、んんんっ」
「イッ、イクっ、イッちゃ……ぁぁぁんっ……!」 

 李逵が好きに射精する。宋江は息も絶え絶えのまま、浴室から逃げ出した。
 すると外の子供の声が聞こえた。
 子供達が外ではしゃいで駆け回る声など、風通しの良い浴室なら聞こえてきても、おかしなものではない。
 外で子供達が遊んでいたことに気付き、宋江は赤面しながら口を塞ぐ。

「アニキぃ。うー、もっとアニキとぎゅーしたい」

 口を抑えていると、李逵が背後から覆い、抱き締めた。
 大きな体に包まれると気持ち良い。声を我慢してまた李逵と繋がろうと考えてしまったとき、甘えた李逵の舌が、うなじを這った。
 ゾクリと、体中に今までとは比べ物にならない衝撃が走る。

「だめだ!」

 本能が叫んだ。全力で李逵から離れ、首を守った。
 あれほど乱れておいて今更恥じらうことがあるだろうか。
 だが、恥じらいが戻ってきたなら、発情期が終わりを迎えたということだろう。
 快楽を求めて肌を重ね合うこと以外を、考えられるようになったのだ。
 宋江は羞恥心と戦いながら、李逵に衣服を羽織るように命じた。


 李逵も随分落ち着いたようで、着物を羽織り食事を取るようになった。
 それまではお互い寝台の上で貪り合っていたのに、ようやっと人らしく席に着いて食事ができた。
 七日前に戻れてホッとしながら、宋江は机の上に包みを置いた。
 贅沢をしなければ数日は暮らせる金を、李逵に渡す。

「これでアニキさんのところに帰りなさい。職を探せなかったと正直に話して、相談に乗ってもらいなさい。……それと、ここで私としていたことは、内緒だぞ」

 口止め料でもあるが、李逵にとっては爛れた日々が疚しいという発想が毛頭無いらしく、素直に頷くだけである。

「ねえアニキ。戴宗のアニキに『イイコトあったよ』って言っていい? 戴宗のアニキね、おいらイイコト発見するまで帰ってくんじゃねえ、って言ってたから」
「……その人のイイコトの基準は知らないが、詳細を話さなければ、いいよ」
「……おいら、戴宗のアニキにね、いっぱい怒鳴られるコトばっかしてた……」

 李逵が、机に置かれた包みを両手で拾う。

「一人でイイコトしてこいって言われて、色んなトコ行った。宋江のアニキと会えたの、イイコト! だから教えてあげたい!」

 そしてニカッと笑う。
 包みの中身は、確認しない。あげると言われたから素直に受け取っただけの、楽観的な様子だった。

「宋江のアニキといっぱいキモチイイことした! イイコトだよコレ! おいら、また宋江のアニキと、したいな!」
「重ねて言うが、私としたことは誰にも言ってはいけない。私と李逵だけの秘密だ」
「……うー」
「うー、じゃない。それと、私としたようなことを誰か違う人とするときは、相手の許可を得てからするんだぞ。自分が気持ち良いからって、無理矢理するんじゃない」
「……うん」

 したいと言われたことに拒絶されたせいか。顔を洗い、朝から爽快に射精して上機嫌だった表情が、曇る。
 感情に支配されやすい子に悪影響を与えてしまったと痛感し、後悔が胸に滲む。

「李逵。明るいうちに出立しなさい。……アニキさんの指示を貰って、違うイイコトを得て、落ち着いたら……遊びに来るといい」
「……いいの?」
「ああ。今度は李逵に美味しいご飯を作ってもらいたいな」
「作る! おいら、作るよ! 母ちゃんもおいらの飯、美味いって言うんだぜ!」
「それは楽しみだ。また今度、頼むよ」

 汗を洗い流してサッパリした李逵の髪を、ゆっくりと撫でる。
 完全に拒絶されたのではない。そう察した彼は明るい笑みを浮かべると、手を振り払って……「わーい!」と抱きついてきた。
 そのまま床へ押し倒されてしまう。まるで大きな虎に襲い掛かられた気分だった。


 数日ぶりに出勤した宋江を出迎えたのは、同僚達からの感謝の声だった。

「宋江殿! あの埋め合わせは絶対にしますよ、いつでも休んでください! オレ達が代わりになんでもしますから!」

 半月前、発情期に備えるために普段通りに働いただけである。なのに何故そこまで感謝されるのか、宋江にはよく判らなかった。
 部署が違うにも関わらず、雷横と朱仝も「体調はどうだ?」と声を掛けてくる。
 揃って気遣う優しい二人に、「いつも以上に元気だよ」と応えた。

 雷横と朱仝は挨拶を終えると、登庁した際に受けた知県の命令を話した。
 知県いわく、やはり梁山泊なる水の砦に盗賊が集まり、良からぬ動きをしているらしい。

 雷横と朱仝は、多くの者から信頼を得る有名な都頭である。
 その二人が大々的に巡回し、見せしめをすることで盗賊の動きを抑止するという、大がかりな治安維持を始めることになったと説明してくれた。
 そのような対処をしなければならないほど、盗賊の動きは激しくなっているのか。
 悠々と自宅療養ができたのも、一重に二人の働きがあるからこそ。同僚達に感謝しつつ、けど遠出をしなければ何も関係無いか……と、言っていられなかった。

 毎日飲んでいた抑制剤が、一つも無いのだ。
 李逵と出会って川に落ちた際、胸元に隠していた薬は全て溶けてしまった。
 所構わず発情し、他人を狂わす異香フェロモンを抑える粉薬を、今日は一口も飲んでいない。
 早くに調達しなければ。故郷の宋家村までは遠くはないのだから、行かなければ。

 しかし長く休んだだけ、やらねばならぬ仕事があった。
 毎日のように口にしていた薬を飲まずに外に出るのは、正直恐ろしい。
 だが今の自分に熱は無い。周囲を見ても、異常を見せる同僚もいない。
 少し遅かった発情期が終えた今、安定期に入ったのだと思いたかった。

(……私は『人の為に身を粉にして働く』と決めた。なのにどうして自分のことばかり考えている? ……早くいつも通りに戻らないと……)

「宋江。お前に話しておきたいことが……宋江?」

 日が落ちる頃まで職務に没頭しつつも、やはりボンヤリとしていた宋江は、巡回を終えたばかりの雷横の声に気付かなかった。
 ハッと顔を上げ、まず謝罪をする。
 仕事をサボってはいない、だが周囲に気を配ることができずにいた。らしくないことに雷横は、そして宋江自身も、戸惑った。

「先日、知県の命令で東渓村とうけいそんの山上に行くことがあって、そこで賊を捕まえて、東渓村の保正ほせい(村長)に突き出そうとしてな。でも賊だと思って逮捕した野郎は、実は保正の甥っ子で。結局、保正宅で迷惑を掛けただけになってしまったんだ」
「勘違いしちゃうなんて、雷横くんもせっかちだな」
「ああ、保正には失礼なことをした。保正はとても誠実な人でな、すぐに許してくれて……甥っ子はふざけた野郎だったからブッ飛ばしてやりたかったが」
「雷横くん。冷静に冷静に」

 ――かの東渓村の保正は、祖先代々この土地の財産家と有名な人物だという。
 名を、晁蓋ちょうがいという。
 金持ちであるが、そのことを威張るような男ではなく、日々筋骨を鍛錬し、妻はいないが人付き合いが良いと大変評判の良い好漢らしい。
 宋江は会ったことがない。けれど実際に挨拶をしてきた雷横の表情を見るに、絶対に悪い人ではないようだった。

「宋江も知っているかもしれないが、あの人は旅の者を自宅によく招くらしい。今も身を寄せる者がいて、実際俺が押しかけたときも数人の逸材を住ませていた。中には医師として学んでいる者や、道術の達人もいるようだった」
「さすが噂に名高い晁蓋殿だ」
「なら、宋江の病を看てくれる者も、中にいるんじゃないか?」

 言われるとは思わなかった事に宋江は言葉を失い、雷横の顔を見つめてしまった。
 雷横は真っ直ぐで猪突猛進、単純なほど真面目な男だ。
 そんな彼は、宋江の病の詳細など、何一つ知らない。
 けれど病に伏せる友がいて、様々な知識人を集めて住まわせている者がいて、それが決して遠く会えないものではないとしたら。

「僅かな望みを賭けて、訪ねてみるのもいいと思う」

 そう、言わずにいられなかったのだろう。

「……宋江? まだ本調子じゃないのか? 顔色が悪いぞ」
「ほ、ほら、私は元から色が黒い方だし。気のせいだよ」
「気のせいか。こんな過ごしやすい日に汗をかいていても、気のせいか」

 雷横が指で、宋江の首筋に流れる汗を拭おうとする。
 その指先の動きで、宋江は初めて自分の体温が上がっていることに気付いた。
 気恥ずかしくて、跳ねて遠ざかる。

「あっ……。お、俺はただ、宋江が楽になったらいい、そう考えただけだ!」

 自分がしていたことに気付いた彼は、心優しく背を向けて去っていく。
 彼にそこまでさせてしまったことに申し訳なくなり、背中に謝罪した。

 日が暮れて職場を離れた後も、宋江は延々と不甲斐なさを想い続けた。

 この一週間、ふしだらに生きた。
 来る日も来る日も男と交じり、寝台の上で物を貪り、酒を煽り、さらに男と交じり合った。
 お互いの唇だけでなく肌を吸い合い、手足の指、陰茎や尻の穴、感じるところならどこでも舌を這わせた。
 着物は放り出され、獣の如く開放的な日々を過ごしたのだ。
 そんな生活は今朝方まで続いた。
 屋内は見るも無惨。床に落ちたままの汚れた皿、空になった酒瓶、普段なら片付けるそれらを無視し、獣欲のままに貪り合っていた。

(それほど我を失っていた。そしてまた、私は……飽きずに求めている……)

 俯いて歩く宋江は、何度も溜息を吐く。

(どうしてあれほど夢中に……ああ、また私は、いやらしいことを考えて……)

 思い出すのは、巨根を求めて淫らに上げていた自分の声。
 もう家には李逵はいない。
 だが、もし李逵が気紛れで戻ってきたとしたら。
 叱ったり、心配するよりも先に、犯されることを期待して彼に擦り寄ってしまうかもしれない。

 そんなことを一瞬でも考えてしまって、涙が溢れかけた。
 発情期が終わった、なのに体を捩り、男のモノを追いかけている。
 そんな自分が許せなかった。

(……頭がボウっとする。怒りで興奮して、熱でも出したか……)

 落ち着けるべく薬を飲みたくても、手持ちは一つも無い。
 このままだと気を病んでしまう。
 この妙な昂りは、どうすれば治まるのだろう。
 人通りの激しい道を離れ、路地の裏へ腰を下ろす。

 体の、動きを止めた。
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