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四
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「はぁっ、ああっ……ああ!」
のけぞり、脚で小男を抱きしめている王妃は、人ではなかった。人の皮を脱ぎ去って、女の恐ろしさ、おぞましさを嫌というほど見せつけてくる。アイジャルは戦慄した。
宦官を己の欲望をしずめる道具にし、よがっている様を見ていると、サファヴィアの南端に咲く、人食い花と呼ばれるラフレシアを思い出させられる。王の寝所となる後宮に、こんなものがあって良いのか……。
当時のアイジャルはまだ知らなかったが、サファヴィアでは後宮の女たちが、ときに宦官相手に痴戯にひたるのはよくあることで、身分高い女官や侍女が心づけを払って、舌や指で宦官に奉仕してもらうなど日常茶飯のことであり、宦官たちにとってはそれも勤めのひとつとされているという。このことは後宮の公然の秘密で、相手が宦官であるならば、発覚したところで重い罪には問われない。それどころか、指技、舌技にすぐれた宦官などは、〝按摩師〟とよばれ重宝され、過去には貯めた心づけで自分の家を買った者もいたぐらいだ。
だが、それはよくある話、後宮の秘めた因習だと割り切るには、アイジャルは幼く、無垢だった。
息を吐くことも忘れ、母親の痴態に凍りつき、とにかく本能でこの場を去らねば、とおずおずと足を動かしたとき、気配を感じたのか、ジャハギルが右目をさまよわせた。
舌を動かしながら、その不気味な生き物は、目をこちらに向け、刹那、にんまりと目だけで笑った。
そう、笑ったのだ。
激しい羞恥と恐怖と怒り、そして屈辱が若き王子の胸を焼き焦がした。
(ごらん、王子様、おまえの御母上は、俺の舌で、うんと楽しんでいらっしゃるのだよ)
そう、宦官の目は云っていた。
悲鳴をあげなかったのは奇跡だった。
アイジャルは泣きながら廊下を走り、自室へ戻った。途中、二、三人の侍女とすれちがったが、彼女たちは驚いたのか声もかけなかった。アイジャルの様子に尋常でないものを感じたのだろう。
アイジャルは自分の寝台に戻ると、掛け布のなかで怯えた小動物のようにちぢこまり、泣きじゃくりつづけた。
遠く、どこかから場違いなほど雅な音楽の音色が響いてくる。
主殿となる王の宮殿で、宴がくりひろげられているのだ。今宵の宴は公式行事ではなく、王の希望で開かれた私的なもので、王妃は具合が悪いからと出席せず、アイジャルも呼ばれることはなかった。その宴には、舞にすぐれた女たちがその芸を披露し、美しい侍女たちが笑いさんざめき、武芸に秀でた勇将や、学問にすぐれた泰斗たちが玉座のまわりに侍っているのだ。行く末はこの国を背負う男たちのなかに、ラオシンもいたことだろう。父王は神経質で蒲柳の質がある息子よりも、健康で明朗な甥を愛していることは、周知の事実である。
のけぞり、脚で小男を抱きしめている王妃は、人ではなかった。人の皮を脱ぎ去って、女の恐ろしさ、おぞましさを嫌というほど見せつけてくる。アイジャルは戦慄した。
宦官を己の欲望をしずめる道具にし、よがっている様を見ていると、サファヴィアの南端に咲く、人食い花と呼ばれるラフレシアを思い出させられる。王の寝所となる後宮に、こんなものがあって良いのか……。
当時のアイジャルはまだ知らなかったが、サファヴィアでは後宮の女たちが、ときに宦官相手に痴戯にひたるのはよくあることで、身分高い女官や侍女が心づけを払って、舌や指で宦官に奉仕してもらうなど日常茶飯のことであり、宦官たちにとってはそれも勤めのひとつとされているという。このことは後宮の公然の秘密で、相手が宦官であるならば、発覚したところで重い罪には問われない。それどころか、指技、舌技にすぐれた宦官などは、〝按摩師〟とよばれ重宝され、過去には貯めた心づけで自分の家を買った者もいたぐらいだ。
だが、それはよくある話、後宮の秘めた因習だと割り切るには、アイジャルは幼く、無垢だった。
息を吐くことも忘れ、母親の痴態に凍りつき、とにかく本能でこの場を去らねば、とおずおずと足を動かしたとき、気配を感じたのか、ジャハギルが右目をさまよわせた。
舌を動かしながら、その不気味な生き物は、目をこちらに向け、刹那、にんまりと目だけで笑った。
そう、笑ったのだ。
激しい羞恥と恐怖と怒り、そして屈辱が若き王子の胸を焼き焦がした。
(ごらん、王子様、おまえの御母上は、俺の舌で、うんと楽しんでいらっしゃるのだよ)
そう、宦官の目は云っていた。
悲鳴をあげなかったのは奇跡だった。
アイジャルは泣きながら廊下を走り、自室へ戻った。途中、二、三人の侍女とすれちがったが、彼女たちは驚いたのか声もかけなかった。アイジャルの様子に尋常でないものを感じたのだろう。
アイジャルは自分の寝台に戻ると、掛け布のなかで怯えた小動物のようにちぢこまり、泣きじゃくりつづけた。
遠く、どこかから場違いなほど雅な音楽の音色が響いてくる。
主殿となる王の宮殿で、宴がくりひろげられているのだ。今宵の宴は公式行事ではなく、王の希望で開かれた私的なもので、王妃は具合が悪いからと出席せず、アイジャルも呼ばれることはなかった。その宴には、舞にすぐれた女たちがその芸を披露し、美しい侍女たちが笑いさんざめき、武芸に秀でた勇将や、学問にすぐれた泰斗たちが玉座のまわりに侍っているのだ。行く末はこの国を背負う男たちのなかに、ラオシンもいたことだろう。父王は神経質で蒲柳の質がある息子よりも、健康で明朗な甥を愛していることは、周知の事実である。
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