225 / 225
たむけ花 四
しおりを挟む
竹弥は人形の首を両手でやさしく抱きしめた。
竹弥の先祖のなかには、人形師もいたはずだ。役者の血もあれば、女郎や男娼の血も、ともに竹弥の五体のなかには流れているのだ。
どこからか、声が聞こえてくる。
花に遊ばば祇園あたりの色揃え……。
竹弥は人形の口に、おのれの唇をそっと押し付けた。
夢と現が交錯する。
部屋の薄闇のなかに、新たな影が浮かびあがる。
(杉屋……)
幻がかたちを成して、男の姿となる。
(戻ってきたんだね)
男は全裸だった。
竹弥も着ているものを脱ぎ捨てる。
(待たせたな)
(ああ……、戻ってきたんだね。やっと……。お願いだ……はやく)
(欲しいのか?)
(ああ、欲しい……)
おぞましい淫夢なのか、結ばれることのなかった愛の名残なのか。
最初は互いに操られ、奇妙な役目を演じていた二人だった。それこそ人形のように。
だが、奇妙な運命の糸に、たがいに手繰りよせられるようにして引き寄せられてしまった。
室には見るも妖しくふしぎな光景が展開した。
ふたつの影は絡み合い、獣のように互いをむさぼり奪いあい、やがてひとつに溶けていく。
アパートの側にも桜が咲いている。
月夜を背に、夜風に揺れて、桜の花が散る。
けたけたけた……。
ははははは。
ほほほほほ。
面白かったな。
ああ、面白かった。
もう、充分見たか……。
そうだね。伊能も死んでしまったし。
杉屋も、俺たちから離れてしまった。
みんな、死んでしまったねぇ。
そうだ。最後はみぃんな、そうなるもんだな。
……もう、いいか。
もう、そろそろ行くか。
そうだな。
そうねぇ。
ああ、行こうよ……。
いくつもの笑い声が夜の闇にかさなって響き、やがて消えていく。
風が吹き、桜がまた散る。
星がかすかにまたたく。半月がしずかに世界を見下ろしている。
永遠の静寂だけが夜を埋めつくした。
終わり
竹弥の先祖のなかには、人形師もいたはずだ。役者の血もあれば、女郎や男娼の血も、ともに竹弥の五体のなかには流れているのだ。
どこからか、声が聞こえてくる。
花に遊ばば祇園あたりの色揃え……。
竹弥は人形の口に、おのれの唇をそっと押し付けた。
夢と現が交錯する。
部屋の薄闇のなかに、新たな影が浮かびあがる。
(杉屋……)
幻がかたちを成して、男の姿となる。
(戻ってきたんだね)
男は全裸だった。
竹弥も着ているものを脱ぎ捨てる。
(待たせたな)
(ああ……、戻ってきたんだね。やっと……。お願いだ……はやく)
(欲しいのか?)
(ああ、欲しい……)
おぞましい淫夢なのか、結ばれることのなかった愛の名残なのか。
最初は互いに操られ、奇妙な役目を演じていた二人だった。それこそ人形のように。
だが、奇妙な運命の糸に、たがいに手繰りよせられるようにして引き寄せられてしまった。
室には見るも妖しくふしぎな光景が展開した。
ふたつの影は絡み合い、獣のように互いをむさぼり奪いあい、やがてひとつに溶けていく。
アパートの側にも桜が咲いている。
月夜を背に、夜風に揺れて、桜の花が散る。
けたけたけた……。
ははははは。
ほほほほほ。
面白かったな。
ああ、面白かった。
もう、充分見たか……。
そうだね。伊能も死んでしまったし。
杉屋も、俺たちから離れてしまった。
みんな、死んでしまったねぇ。
そうだ。最後はみぃんな、そうなるもんだな。
……もう、いいか。
もう、そろそろ行くか。
そうだな。
そうねぇ。
ああ、行こうよ……。
いくつもの笑い声が夜の闇にかさなって響き、やがて消えていく。
風が吹き、桜がまた散る。
星がかすかにまたたく。半月がしずかに世界を見下ろしている。
永遠の静寂だけが夜を埋めつくした。
終わり
10
お気に入りに追加
98
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説



ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!


朔の生きる道
ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より
主人公は瀬咲 朔。
おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。
特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
貴重なご意見ありがとうございます。
お返事はなしで、というご希望ですが、お礼だけここで書かせていただきます。
文月沙織
文月さん、はじめまして。
秋頃にこのサイトを知り、文月さんの作品を読ませていただいています。
毎日一話ずつきちんと更新されていて、えらいなと思っています。お身体に気をつけてがんばってください。
先ほどシーモアで『白椿』買いました。挿絵が、大好きなロッキーさんというのも嬉しいな。
今から夜ふかしして読みます。楽しみ!
ふみ様
ご感想をありがとうございます。
また、拙作をお買いあげいただき本当にありがとうございます。
この先どれぐらいつづくかわかりませんが、これからも書き続けていきますので、どうか最後までお付き合いください。
文月沙織