翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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たむけ花 三

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 それは、心のなかに、という意味ですかと、問おうとしたが、艶然と笑う美青年は、それ以上は答えてくれそうにない。


「ただいま」
 アパートのドアを閉めると、竹弥は無人の室にむかって声をかける。
『笹の宿』にも自分の部屋があるが、やはり落ち着かないので、徒歩ニ十分ほどのところに部屋を借りた。二間あるので、一人暮らしには充分である。なにより、近くに桜の樹があるのが好もしく、気にいった。
『笹の宿』の竹弥の部屋には、今頃、開耶が気に行った客を連れ込んでいるだろう。
 開耶はそうやって連れ込んだ男から金を取るが、本当に気に入った男からは金をもらわない。その相手は、客ではなく開耶の恋人になるのだ。しばらくの間だけだが。
「今、帰ったよ」
 戸棚の上に置いてある人形に竹弥は声をかけた。
 文楽の男人形である。といっても、首だけだが、それが飾り物のように戸棚の上に置いてあるのは、ひどく薄気味悪いものだろう。しかし竹弥は気にもせず、愛しげにその首を撫でる。
 若い男の役に使われる人形の首は、心なしか色っぽく見える。意志を持っているようにも見える目に、竹弥は微笑んでいた。
「おかえり、ぐらい言えよ」

 お帰り……。

 その声は、竹弥の妄想なのか、うつつのものなのか。
 人形の首は、伊能老人のもとから取り戻したものだ。
 老人を殺したことに後悔はない。殺すときもためらいすらしなかった。
「あいつは、それだけのことをしたんだ」
 何人もの人間の運命を弄んだのだから、当然の報いだろう。竹弥はそう思っている。
 しかも、そのなかには竹弥の母も含まれているかもしれないことを、竹弥自身はまだ知らなかった。
 伊能もまた、死ぬまで気づかなかったろう。人の命運を見えない糸を引いてあやつりながら、実は自分こそが別のものに操られていたことを。あの屋敷、桜御殿に住まう存在たちに。
「運命というのかな」
 竹弥はぽつりと呟いていた。
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