翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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たむけ花 二

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 二年前、竜樹は近江竹弥を追って男娼専門の売春宿兼連れ込み宿の『笹の宿』を訪れた。   
 近江竹弥の行方を追っているうちに、木南開耶という、大学の下級生の存在が浮かびあがり、彼をさがしていくうちに、自然に竹弥につながったのだ。
 竹弥はそのとき、開耶のもとに身を寄せていた。二人で売春宿に住み込んでいた。
 とはいっても、竹弥自身は身体を売っていたわけではなく、下働きのような仕事をしていたのだ。
「開耶、こちらのお客様に……酒はまだ早いですね。コーヒーでいいですか?」
 竹弥とおなじ蝶ネクタイをしめたバーテンダ―が頷いた。彼もなかなかの美貌である。おそららく彼目当ての客も多いだろう。
「結局、また家を出たんですね?」
「ええ。もう僕はあの家にも学校にも未練はなかったし……。むしろ、ずっと違和感をおぼえていた。それは、開耶もおなじだったようです。僕らのような人間は、おもての世界では生きていけないのです。そのことに気づいてしまったからには、もう家にはいられくなって」
 大げさなようだが、この頃は同性を好む嗜好を持ったものは、そう思い込む傾向があった。特に受け身になる側はそう思い詰めやすい。
 だが、竹弥に関しては、それだけが理由ではないだろう。役者の家に生まれ育った彼は、そういったことに禁忌の意識がさほど強いとは思えない。
「開耶はどういうわけか、前の経営者と気があって、宿に入り浸るようになってしまっていまして。家を出たばかりの僕も彼といっしょに宿に居候していたんです。ちょうど、そのころ前の経営者も引退を考えていたときだったし。たまたま出資してくれる人もいたので、この店を僕が買ったんです」
「失礼ですが……その人は、もしかして杉屋さんという人ですか?」
 一瞬、竹弥は驚いた顔を見せて、首を横に振った。
「違いますよ。大阪の実業家です。杉屋という男は……亡くなりました。火事で」
「そうですか」
 竜樹は、もしかして杉屋という男が生きているのではないかと、今まで疑っていたのだが、彼はやはり二年前の火事で死んでいたようだ。
「でも……杉屋は死んではいないのですよ」
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