翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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惜桜忌 九

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「だが、こういう仕事に染まってしまった人間は、つかまらないかぎりは、完全に止めることはなかなかできないものだ。旨味を知り尽くしているからな。また、必ず動きはじめるはずだ。そのときは、絶対逃がさない」
「……僕、ちょっと気になるんですが」
 僕はすこし引っかかっていたことを言葉に出してみた。
「あの人の言っていた、盗まれた人形というのは、本当に盗まれたのでしょうかね? 案外、盗まれたように見せかけて、自分で隠し持っているということはないでしょうか?」
「ほう? 何故またそう思うんだ?」
「土地は彼のものでも、屋敷の家財道具は先住者、つまり細工師のものだと思うんです。火事をきっかけにして、運び出して、闇で売るつもりなんじゃないでしょうか? 僕もくわしくは知りませんが、伊能氏自身言っていたように、ああいったものは価値がつけにくいもので、興味がない人にはがらくたでも、好事家などに売ればそれなりに金になるのかもしれませんよ。足がつくかもしれないので、今まではなかなか売ることはできなかったのでしょうが、この機会に売りさばくつもりかもしれません。どこかで噂になっても、泥棒が売ったものだと言い逃れるつもりなのかも」
「うーむ」
 山本刑事は唸るような声を出した。
「じゅうぶんあり得るな。火事場泥棒というのは、奴自身のことかもしれない。くそっ、どこまでもずる賢い奴だ」
「伊能氏というのは、いったい何をしていた人なんですか?」
「もともとは、文楽の人形師だよ。若いときは役者を目指していたようだが、声を痛めてな。それで文楽に転向したんだな」
「人形師……古くは傀儡師くぐつしとも言ったんですよね」
 その言葉は、奇妙なほどあの老人にふさわしい気がする。人形をあやつるように、彼は生身の人間たちを自分の思惑どおりに操っていたのだ。
 もしかしたら、そうやって、かつてこの桜御殿――今は見る影もないが――に住んだ人達は、あの男の仕掛ける罠にはまり、とらえられ、人形のようにいいように操られて運命を変えられてしまったのかもしれない。
 火事で焼け死んだ男たちも、行方の知れない近江竹弥も。
 近江竹弥……。彼はどこへ行ってしまったのだろう。
 焼け跡を見つめながら、僕は写真で見た彼の美しい面影を思い浮かべていた。

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