翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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惜桜忌 七

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「屋敷に魅入られた……ということがあるものかな。竜樹君、どう思う?」
 山本刑事が首をひねりながら、火事のあとの黒焦げの残骸を見つめ、呟く。
 近所から〝桜御殿〟と呼ばれたほどに立派な屋敷だったそうだが、今は見る影もない。庭木もかなり燃えて、まるで安達ケ原のような寒々しさを感じさせる。僕は見たことはないが、空襲のあとはこんな感じだったのだろうか。
「あると思いますよ。僕の半生も生まれた屋敷に奪われてきたようなものですからね」
「ふむ」
 山本刑事はやや鼻白むような顔を見せて、薄手のコートのポケットに両手をつっこんだ。もうすぐ五月だが、日が暮れてくると肌寒い。
「今日は、相棒はいないのかい?」
「須藤は今、外国へ行っています」
「ほう? アメリカかい?」
「いえ、フランスへ。仕事で」
「ふむ」
 それ以上はあまり訊かないでくれた。
 探偵業の相棒であり上司でもある須藤は、この四月から、仕事でフランスへ行くことになった。もうそろそろ帰ってくるはずだ。
 僕一人のときに舞い込んできた仕事の依頼は、家出した役者一家の息子の捜索だった。
 何不自由なく育った有名人の息子だが、どういうわけか、突然、失踪したらしい。入院していた病院を退院する日の朝に、いきなり消えたのだそうだ。
 休学中だった大学の友人も誰も彼の行方を知らないという。失踪以前に、親しい友人を事故で亡くしたこともあり、精神的にまいっていたところへ殺人事件や火事にまきこまれ、若者ゆえに陥りやすい厭世観にとらわれてしまったのだろうと家族は云っている。
 うちのような小さいところを敢えて選んで依頼してきたのは、なんといっても役者の家だけあって、醜聞になるのを案じたからだろう。
 彼――、近江竹弥はどこへ行ってしまったのか。
 調査のために、失踪前の彼を最後に見たという伊能氏をおとずれ、彼が住んでいたというという屋敷のあった場所で、いろいろ話を聞いてみた。
 ここで偶然にも、僕は面識のある山本刑事と出くわした。彼は上司である須藤の学生時代の先輩になる。
「あの爺さん、善良そうに見えて、あれでかなりの食わせ者だぞ」
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