翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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惜桜忌 五

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 なんでまた親を殺したのか……。父親の方は母親の再婚相手で血はつながってないらしいんで、その継父とのあいだになにか確執があったんじゃないかと警察は言っているそうですが……。にしても、なにも殺さなくてもねぇ。
 え? それもこの桜と屋敷の呪いのせいじゃないかですって? うーん……違うとは言いきれないですねぇ。
 実をいいますとね、あたしも最近まで知らなかったんですが、昔、明治もまえの、それこそ江戸時代のころには、ここにはなんでも陰間茶屋があったというそうですからね。
 火事のあとに、たまたま郷土資料をあつめている学者の先生と会いましてね、最近になって、そのことがわかったらしいんですよ。
 それっぽい店はこの近辺にはめずらしくはなく、ここも昔は女郎屋だったんじゃないかとは言われていたんですが、実は陰間茶屋だったというのがまた面白い……というか、奇妙というか。なんとも因縁めいていますよね。
 なんでそれがわかったかというと、近所の寺に葬られた陰間というか男娼――病死か他殺か自殺かはわかりませんが、その男娼の手紙が残っていたらしくてね、なかなか興味深いことが書いてあったんだそうですよ。
 その手紙は、寺の蔵を虫干ししたときに、文庫のなかにあったらしいんですが、むかしのものなんで誰も読めなかったのを、その学者さんが調べて内容を理解したそうなんですがね。有名人ならともかく、そんな陰間の手紙なんて価値あるのかと、あたしみたいな無学な人間は思うんですが、先生に言わせると、そういうものは風俗史の研究にとってはたいへん貴重なものらしくてね。
 で、まぁ、その男娼の手紙の内容から、この屋敷があったところには陰間茶屋があり、その男娼はそこで働いていたということがわかったんですね。恋文めいた文章だったそうでが、誰に宛てたかまでは判らなかったそうですが。
 ただ、建物自体はさすがにとっくのむかしに無くなっており、今の屋敷はいったん更地になったあとに建てられ、それもまた長い歴史のなかで造り変えたり建て増ししたりして、まったくちがう家になってまして。で、それもまた燃えてしまったんですがね。
 それでも、しつこいようですが、そこに住んでいた人間の情念……、恨み憎しみ、哀しみ、ささやかながらもあった喜びや、恋とかの……想いの残りのようなものが、土地に溜まっていたんじゃないかと思うんですよ。いや、積もっていたという方がいいんですかね。
 人が生きていたらどこの土地にも家にも人の情は残るもんでしょうが、陰間茶屋や妾宅、また言ってはなんですが、役者稼業の連中というのは、感情がふつうの人より激しいところがありますからね。
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