翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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惜桜忌 一

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 因果がつもった土地というのは、あるものなんですね。
 このあたりは戦前まではちょっとした色街……というのではないですが、そういう稼業についていた女たちや、芸者や芸人、囲われ者が、どういうわけかよく住んでいたんですな。
 このお屋敷には、以前は引退した細工師、ええ、人形浄瑠璃、つまり文楽の人形作りの名人が隠居して住んでいたんですが、そのまえは、かなり名のある人形遣いの太夫のお妾さん、そのまえはやはり引退した歌舞伎の女形やら、大正のころには絵師が住んでいたとか。その昔には華族様の妾が住んでいたとかも聞きましたが、それらに、いずれも妙な噂がつきまとっているんですよ。そのせいで近所の老人たちは、あのお屋敷は呪われている、化け物が住むとか言っていますよ。
 まぁ、言われてもしかたないですがね。
 それというのも、むかし住んでいたお妾のところに本妻が怒鳴りこんできて、あわや刃傷沙汰になりかけたとか、なったとか。そのまえの元女形はなにかあったらしくて自殺したとか、絵師は妙な絵を描く人で、連れこんだ女を裸にしておかしな真似をしてその姿を絵に描こうとして訴えられたとか。ほかにも華族様にはけったいなご趣味があって、囲っていた女を苛めて殺してしまったとか。明治のころの話ですから、女の死骸は庭のどこかに埋められたんじゃないかとかなんて、言われもしたそうで。
 いえ、作り話や怪談なんぞじゃありませんよ。明治の頃なんて、それこそ現役の大臣が酔って奥さんを切り殺しても、おもてむきには病死ととどけて、それでまかりとおった時代ですからね。
 これは本当にそう言われてきた話でしてね。あのお屋敷からはいつも女の悲鳴や怒鳴り声が聞こえる、あのお屋敷は妖しいと、人は噂したものですよ。
 まぁ、つまり、因縁のある家と土地でしてね。以前にも火事や地震でこわれたこともあり、その都度、新築改築をかさねてきても、そういったことがあまりにも幾度となく続いたんで、近所の人も、古くからいる人らは怖がって近寄らないもんですよ。その華族様のお妾が本当に埋まっていて、その女の幽霊が、つぎからつぎへと変事を呼び起こしているんじゃないかと、かなり本気で信じられてきましたよ。
 それでも毎年春になると、そりゃ見事な桜が咲き、それがまた人目を良くも悪くもひいて、怖いけれど、やけに人の気を惹きつけるふしぎなお屋敷だと、年寄りたちはやはり遠巻きにして毎春桜を眺めていますよ。
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