翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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桜葬 十

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「いいからおまえは黙っていろ。な、三途の河の道連れは、おまえの両親と俺がいれば充分だろう? こいつはもう放っておいてやれ」
 数秒、浦部もまた驚いた顔をしていたが、やがてその顔が先ほどとはちがうように歪んだ。
 そして、次の瞬間には、火を噴くような憎悪となって爆発した。
 その顔は、憎しみと恨みと怒りと、そして妬みひがみ。そんな負の感情が凝縮したような、世にもおぞましく恐ろしく、哀れなものに見えた。
「畜生! 畜生、畜生、畜生! なんで、いっつも俺にはこんなことばかり!」
 浦部ががむしゃらに振り回した包丁の切っ先を杉屋はかわし、咄嗟に相手の背にまわって、肩をとらえた。
「なにしている! はやく逃げろ!」
 竹弥に向かって叫ぶ。
「え? そ、そんな、」
「馬鹿野郎! 早くしろ!」
「はなせぇぇぇ」
 狂気にとらわれた人間が、その最期にはなつ異常な力で、浦部は杉屋の手から死にものぐるいで逃れ、標的を別に定めたのか竹弥につかみかかっていく。
「逃がすか、絶対逃がすものか、おまえだけは。俺といっしょに行くんだよ、おまえは! ちっきしょう、いっつも、おまえばかり……取り澄まして、ふんぞりかえって、いっつも人を見下しやがって!」
「うわ!」
 浦部の血に濡れた手が竹弥の顔をつかむ。
 包丁が畳の上に落ちていたのは不幸中の幸いだった。もし、持っていたままなら、竹弥の美しい顔には取返しのつかない傷がのこることになったろう。
「こら、よせ! 馬鹿、なにしている、早く逃げろ!」
「あ、ああ……」
 竹弥を逃がそうとする杉屋、逃がすまいとする浦部、どうしていいかわからず戸惑う竹弥。三人は三つ巴になって、それぞれの想いに駆られて揉み合うかたちになった。
「この先、おまえに良い目なんぞ、見せるか! おまえもここで俺と焼け死んだよ!」
 地獄から吹いてきたかと思うような熱風が、三人を炙る。
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