翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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桜葬 八

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「そうさ、そりゃ、ひどい奴さ。俺に散々えげつないことしておいて……、他の変態仲間といっしょになって俺をもてあそんだこともあったぐらいだ」
 一瞬、なぜか木南開耶の顔が杉屋の頭に浮かんだ。
 どうしてか、浦部の狂気をふくんだおぞましい目に、木南の美しい瞳がかさなったのだ。
「俺はそれでも我慢してきたんですよ。言えばお袋を苦しませるだけだと思っていたんで」
 そこで浦部の表情が一瞬石のようにかたまった。
「……それが、それがよぉ」
 煙の匂いが強くなってくる。
 浦部はまた異常な笑い方をしだした。
「ハハハハハハ、ひっ、ひひひひひ! 傑作だぜ! お袋はよぉ、知っていたんですよ!」
 近づいてくる恐ろしい火の気配を、杉屋は一瞬忘れた。
「お、俺が親父になにされていたか。親父は全部お袋に喋っていたんですよ。その話をしながら二人で盛りあがってこともあったぐらいだ! 夫婦そろってとんでもない変態どもだったんだよ、俺の家族は!」
 たしかに異常だ。
 だが、夫が子どもを虐待していても口出ししない妻というのも世には多い。口出しできない世界観と文化が生きていた時代なのだ。
 浦部の母親にしても、そういった古い不文律のなかで生きてきて、夫のすることに追従するしか他に、生き方を知らない女だったのだろう。この時代の女は、まだまだ夫や親の思想に染まって生きている。 
 それに、その話に素直に同情するには、杉屋はあまりにも過酷な時代と世界を見過ぎてきた。
 自分では客を取れなくなった売春婦が、娘に客を取らせて得た金をよろこんで握りしめ、娘とつれだって貧相なアパートに帰っていく後ろ姿を、浮浪児だった杉屋は羨望の目で見ていたものだ。
 母娘には、帰る場所があるのだ。二人は屋根のある部屋で眠ることができるのだ。生ごみをあさらずとも食べるものがあるのだ。羨まないでいられようか。そんな世界で生きてきたのだ。浦部の言葉に動かされるような純な心を、杉屋はとっくのむかしに失くしていた。
 だが、口に出す言葉は慎重にえらんだ。
「それで……、おまえは、義父を殺してきたのか?」
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