翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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桜葬 七

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「……なぁ、落ち着けよ。こんなことしたって、なんの得にもならないぞ」
 なるべく静かな口調で告げてみる。
「得になりますよ。俺の今までの、このろくでもない人生を終わりにできるんですからね」
 浦部は死ぬつもりなのだ。竹弥と自分を道連れにして。
 そんなことはさせない。自分はともかく、竹弥だけは逃がさないと……。
 そんなことを無意識に考えていることに気づく余裕も、今の杉屋にはない。
「馬鹿いうなよ。おまえまだ二十歳そこそこだろ。人生まだまだこれからだ。もったいないぞ」
 口から裾布をはずして、早口に伝えた。
「もう終わったんですよ」
 パチパチと、火の爆ぜる音が響いて来る。
「……犯した罪は、償うことができるぞ」
 返ってきたのは狂気的な哄笑だった。
「ははははは! ああははははははは、ひぃぃぃぃぃ。面白いことを言うなぁ……。ああ、今更何言っても無駄ですよ。俺が殺したのは俺の糞親父ですよ」
 杉屋はかすかに身じろいだ。
「俺はもう終わりだ。あんな下種野郎でも、親だ。俺は死刑だ」
 尊属殺人はまず死刑、良くて終身刑とされていた時代である。義理の親でも同刑となる。
「俺はねぇ、お袋の再婚相手だったその男に、さんざんな目に合わされてきたんですよ。そりゃ、すごかったですよ。とても口に言えないことまでされた。あんた聞きたいですか?」
「……いや」
 どうにかして相手を油断させるためには、聞きたいと言ったほうが良かったかもしれないが、杉屋はつい本能的に拒絶してしまった。
 ひどい生い立ちの身は自分だとて同じだ。辛い幼児期の話など本当は聞きたくない。この世には、相手が非力な子どもなら、なにをしてもいいのだと思っている人間の皮をかぶった獣がごまんといるのだ。
「聞けよ、傑作だぜ。そうしたら、俺がそいつを殺したことも納得できるぜ」
「きっと、そいつは、とんでもない奴だったんだな」
 浦部の細い目が悦びに光った。自分を肯定して欲しかったのだろう。
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