翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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桜葬 五

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 鼻に突き刺さった匂いが灯油だと気づいた杉屋は、咄嗟に竹弥をかかえ起こしていた。
 不覚だった。
 かなり修羅場をふんで荒事の場数も人並み以上に経験してきた杉屋だが、竹弥の身体におぼれていて、侵入者の気配にまったく気づかなかった。
 浦部はすでに室の外、屋敷の中にかなりの量の灯油を撒いていたらしい。
「俺を仲間はずれにして、自分だけお楽しみだなんてひどいですよ、杉屋さん。いつも俺をいいように扱って……。あんたもそうなんだな。俺みたいなのはどう扱ってもいいんだと思っているんでしょう?」
 ちがう、とは言えない。
 だが今は、浦部を相手にするよりも、とにかくこの場から逃げ出さなければならない。
 今の敵は浦部ではなく、せまってくる煙と火だ。
 杉屋は失神したままの竹弥を抱きかかえて立ち上がり、竹弥の脱げ切れなかった浴衣の裾をたくしあげて、それで自分の鼻と口をふさぐ。火事で死ぬ人間は焼け死ぬまえに、まず煙で鼻や喉を損傷し意識をうしなう例がおおい。
「お姫様をつれていくんですか? 独り占めはずるいですよ。俺には肝心のお楽しみはくれなかったくせに」
 へらへらと笑う態度も目つきも異常だ。
 浦部は完全に狂っている。いつも以上に顔は醜くゆがみ、目は凍り付いて人間的感情を喪失してしまったかのようだ。
 いったい何があったのか。
 もともと彼が普通の感性や感覚を持った人間でないことは気づいていた。そういったことに関しては杉屋の嗅覚はするどい。
 そしてそんな浦部の嗜虐趣味、変態的嗜好を竹弥にぶつけることで、いっそうの被虐の悦楽や官能を竹弥にあたえようとしたのだ。浦部のような卑しく醜い男に嬲られることで、竹弥の屈辱は否が応にもまさり、あまりの無念に泣く様子は絶品だった。
 つまりは浦部を利用したのだ。道具のように。
 こういうときに芝居の三下のように使われる人間というのは、ある意味で凌辱される被害者以上に惨めな存在かもしれないが、たいていの当事者は自分がそうだとは思っていないだろう。自分の立場を考えるほどの知性も品性もないような輩だからこそ、そういう役割を与えられるのだ。
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