206 / 225
桜葬 五
しおりを挟む
鼻に突き刺さった匂いが灯油だと気づいた杉屋は、咄嗟に竹弥をかかえ起こしていた。
不覚だった。
かなり修羅場をふんで荒事の場数も人並み以上に経験してきた杉屋だが、竹弥の身体におぼれていて、侵入者の気配にまったく気づかなかった。
浦部はすでに室の外、屋敷の中にかなりの量の灯油を撒いていたらしい。
「俺を仲間はずれにして、自分だけお楽しみだなんてひどいですよ、杉屋さん。いつも俺をいいように扱って……。あんたもそうなんだな。俺みたいなのはどう扱ってもいいんだと思っているんでしょう?」
ちがう、とは言えない。
だが今は、浦部を相手にするよりも、とにかくこの場から逃げ出さなければならない。
今の敵は浦部ではなく、せまってくる煙と火だ。
杉屋は失神したままの竹弥を抱きかかえて立ち上がり、竹弥の脱げ切れなかった浴衣の裾をたくしあげて、それで自分の鼻と口をふさぐ。火事で死ぬ人間は焼け死ぬまえに、まず煙で鼻や喉を損傷し意識をうしなう例がおおい。
「お姫様をつれていくんですか? 独り占めはずるいですよ。俺には肝心のお楽しみはくれなかったくせに」
へらへらと笑う態度も目つきも異常だ。
浦部は完全に狂っている。いつも以上に顔は醜くゆがみ、目は凍り付いて人間的感情を喪失してしまったかのようだ。
いったい何があったのか。
もともと彼が普通の感性や感覚を持った人間でないことは気づいていた。そういったことに関しては杉屋の嗅覚はするどい。
そしてそんな浦部の嗜虐趣味、変態的嗜好を竹弥にぶつけることで、いっそうの被虐の悦楽や官能を竹弥にあたえようとしたのだ。浦部のような卑しく醜い男に嬲られることで、竹弥の屈辱は否が応にもまさり、あまりの無念に泣く様子は絶品だった。
つまりは浦部を利用したのだ。道具のように。
こういうときに芝居の三下のように使われる人間というのは、ある意味で凌辱される被害者以上に惨めな存在かもしれないが、たいていの当事者は自分がそうだとは思っていないだろう。自分の立場を考えるほどの知性も品性もないような輩だからこそ、そういう役割を与えられるのだ。
不覚だった。
かなり修羅場をふんで荒事の場数も人並み以上に経験してきた杉屋だが、竹弥の身体におぼれていて、侵入者の気配にまったく気づかなかった。
浦部はすでに室の外、屋敷の中にかなりの量の灯油を撒いていたらしい。
「俺を仲間はずれにして、自分だけお楽しみだなんてひどいですよ、杉屋さん。いつも俺をいいように扱って……。あんたもそうなんだな。俺みたいなのはどう扱ってもいいんだと思っているんでしょう?」
ちがう、とは言えない。
だが今は、浦部を相手にするよりも、とにかくこの場から逃げ出さなければならない。
今の敵は浦部ではなく、せまってくる煙と火だ。
杉屋は失神したままの竹弥を抱きかかえて立ち上がり、竹弥の脱げ切れなかった浴衣の裾をたくしあげて、それで自分の鼻と口をふさぐ。火事で死ぬ人間は焼け死ぬまえに、まず煙で鼻や喉を損傷し意識をうしなう例がおおい。
「お姫様をつれていくんですか? 独り占めはずるいですよ。俺には肝心のお楽しみはくれなかったくせに」
へらへらと笑う態度も目つきも異常だ。
浦部は完全に狂っている。いつも以上に顔は醜くゆがみ、目は凍り付いて人間的感情を喪失してしまったかのようだ。
いったい何があったのか。
もともと彼が普通の感性や感覚を持った人間でないことは気づいていた。そういったことに関しては杉屋の嗅覚はするどい。
そしてそんな浦部の嗜虐趣味、変態的嗜好を竹弥にぶつけることで、いっそうの被虐の悦楽や官能を竹弥にあたえようとしたのだ。浦部のような卑しく醜い男に嬲られることで、竹弥の屈辱は否が応にもまさり、あまりの無念に泣く様子は絶品だった。
つまりは浦部を利用したのだ。道具のように。
こういうときに芝居の三下のように使われる人間というのは、ある意味で凌辱される被害者以上に惨めな存在かもしれないが、たいていの当事者は自分がそうだとは思っていないだろう。自分の立場を考えるほどの知性も品性もないような輩だからこそ、そういう役割を与えられるのだ。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説



ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!


朔の生きる道
ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より
主人公は瀬咲 朔。
おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。
特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる