翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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花の屍 八

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 そんな兄が、男に身体を売っていたとは。
 でたらめ言うな、と叫びたい気持ちでいっぱいだが、相手の言葉に、たしかに真実の響きがあることを竹弥は感じていた。
 自失している竹弥に、さらに男は追い討ちをかけるような言葉を告げた。
「正清だけじゃないさ。君の母親、貴蝶だってやっていたことさ」
 竹弥は猿ぐつわを噛みきりそうになった。
(嘘だ! 嘘っぱちだ!)
 胸が裂けるほどに心のなかで叫んでも、その万斛ばんこくの想いも、男の浅ましい声につぶされていく。
「貴蝶を抱けるなら、いくらでも金を出すという男は多い。そんな男たちから近江家のために金を引き出すのが貴蝶の仕事だった。世間が貴蝶を悪女とののしるのを聞いていると、俺は辛かったね」
 男は、自分のことを俺と呼び、あるがままの自分を晒して、心情を吐いた。
「家や夫のために我が身を犠牲にして金を得ていたのだから、あれはなかなかの良妻だよ。ある意味貞女だ。まぁ、たしかに身体を売ることにはあまり抵抗なかったのかもしれないがな」
 頬を撫でてくる男の手が死ぬほど疎ましい。竹弥はどうにかして逃れようと布団の上でもがいた。
「もともと貴蝶は結婚前から、藤宮の父親からも同じような扱いを受けていたというからね。そんな目をするんじゃないよ。世間には、まま、あることさ。まして貴蝶は芸者の娘で、本当なら貴蝶だとて母親とおなじく芸者になるはずだったのだから」
 芸者なら男に身を売るのは当たり前だと言わんばかりの言い草だ。
「世のなかにはね、己の利益になるのなら、自分の愛人や妾、ときに本妻や、実の娘でも差し出す男はけっこういるものなんだよ」
 まちがいなく、この男もそういうことをやっているのだろう。女を、いや女のみならず男でも、心を持った人間をいいように扱い、欲望のために平気でふみにじれるたぐいの人間なのだ。
 そして、実は父もそういう人間だったのだ。
 妻や息子を売りもののように扱える男だったのだ。
 うちの先祖は河原乞食だーー。そう言っていた父の顔が目に浮かぶ。
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