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花の屍 一
しおりを挟む「安心しろ。あの餓鬼は自由の身の上だ。
二日後、屋敷に帰ってからも開耶のことを案じて、縁側でぼんやりとしずみこんでいた竹弥に、男は告げた。
「本当に?」
曇天の下に光を見たような気分で、それでも半信半疑で問う竹弥に、杉屋は、あの人を食った笑みを向ける。
「あの男、早田だったか? よっぽどおまえにご執心らしいな。開耶という餓鬼を自由にする金をあっさり払ってくれたぞ」
「え……」
時刻は夕方近くになっていた。晩春の夕暮れの風は、どこか人を物狂おしくさせる。桜も八分、ほとんど九分は散り、地面に薄桃の絨毯を敷いたような光景を見せている。そんな夢幻的に変じた庭に、男の声がひびく。
「その代わり、おまえが早田の相手をすることになるがな」
「そ、そんな……!」
「安心しろ」
魔物めいた微笑を、花びらの屍の山を背景に浮かべた男は、本当に鬼か悪魔のようだった。
「本番はなしだ。この点にかんしては何回も確認しておいた。それでもいいから、おまえと一夜過ごしたいんだそうだ」
「なっ……!」
この屋敷で過ごすうちに、つまり杉屋の手に堕ちてから、あまりに過激な体験をしたせいで、ここしばらく摩滅していた感情がはなはだしく揺さぶられ、竹弥は怒りと羞恥と屈辱にふるえた。
「嫌だ! あの人は嫌だ!」
あの男は自分が中学生、いや小学生のころから知っているのだ。父や兄とも付き合いがあり、幾度となく顔を合わせている。それなのに、よくその息子であり弟である自分を買おうなどという気になれるものだ。以前は芸術や文化を愛し、その発展に尽力している人物だと信じきって尊敬し、どことなく親しみも持っていただけに、許しがたい。
竹弥は持ち前の潔癖感や清廉さもあって、はげしく拒絶した。だが、杉屋はあっさり首を横にふる。
「断る! 絶対に嫌だ!」
「駄目だ。もう、断れないぞ。今夜来ることになっている」
「なっ、なんだって……!」
絶句した。
そして、あらためて杉屋宗司という男を見つめた。
この男は、いったい何者なのだろう。
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