翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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乱れ桜 十二

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「ち、ちがいます! 遊びに来ているわけじゃありません!」
「え? じゃ、まさかここで小遣い稼ぎしているのかい?」
 早田がますます驚いた顔になった。やや、わざとらしさも臭うが。
「竹弥は、事情があって働くことになったんですよ。よろしかったらお客さん、あんたが最初の客になってくれませんか?」
 驚きのあまり口がきけないでいる竹弥のまえで、早田は平然としている。
「ほう? 私でいいのなら、喜んで最初の客になるがな」
 どこまで本気か冗談かわからないが、早田という男は、世間知らずな竹弥が思っていた以上に裏のある男のようだ。
「ですが、お客さん、こいつは俺の専属でね。お買い上げいただいたところで本番はお断りしているんで。それでもよろしければ、お貸しますが」
「ほう」
 ますます興味ぶかげに、意味深な目で早田は竹弥と杉屋を見くらべる。中年男特有の、視線にこもるねちこさがおぞましい。
 竹弥自身も、あらためて早田という男を、別の目で見てみた。
 早田は四十は過ぎているが、五十にはいっていないぐらいの年齢だろうか。この時代の四十代しては若々しく、整髪料でまとめられた髪も黒々としている。身なりも良く、背広や薄手のコートにしても、さすがに裕福さを隠せず上等そうなものだ。顔立ちは格別整っているわけではないが、けっして見苦しくはない。
 だが、金で開耶のような若い美少年をもてあそぶ趣味があり、しかも今、自分を性的な対象として値踏みしているのかと思うと、はげしい嫌悪が湧いてくる。こんな男に自分はかつて助けをもとめようとしていたのかと思うと、腹がたつ。
「じょ、冗談じゃない!」
 竹弥の潔癖な反応を笑いながら、杉屋が強く腕を引く。
「それでは、この話は終わったということで。ほら、行くぞ」
「あ、おい、待ちたまえ」
 杉屋に引きずられながらも、竹弥はやはり開耶のことが気になって振り向いた。
「開耶……!」
 いつものように木南と呼ばず、開耶と呼んでいた。
「先輩……」
 廊下に取り残された開耶の声は、ひどく心細く聞こえてきて、いつまでも竹弥の神経をひっかいた。
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