翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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乱れ桜 十

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「すいません、お客さん。もうそろそろ……、いいですか?」
 杉屋の意外なほどに客慣れした言葉に、返事は少ししてからかえってきた。
「ああ」
 客が身づくろいしている様子がうかがえる。
「すいませんねぇ。青菊せいぎくさんをお借りしますね」
 青菊というのが、ここでの開耶の源氏名になるようだ。杉屋の人が変わったような口調に内心おどろきつつも、竹弥はその名に気をうばわれた。
 襖がさらに開き、廊下の香にまじって、ほのかに整髪料の匂いが感じられる。室内の男はゆったりとした動作で変帰り支度をはじめている。雰囲気からして遊び慣れているようだ。
「なに……?」
 開耶がふらふらとした足取りで襖前まで来て足を止めた。
「あ、先輩」
 竹弥をみとめて、さすがにばつの悪そうな顔になる。
 開耶のみだれた浴衣すがたを、竹弥は悲しいものでも見るような想いで見つめた。
「あの、俺、」
「ちょっと、こっちへ……」
 廊下の突き当りまで開耶の手を引いていき、竹弥はほとんど涙声になって告げた。
「帰ろう、木南。今すぐ帰るんだ」
「でも、金が……」
 ちらり、と開耶は二人から三歩ほどはなれて立っている男に目をやる。
「こんなところへ先輩をつれてきて、どういうつもりなんだよ? 言われたとおり、ちゃんとやっているだろう」
「もっともだ。おまえは、いい仕事をしてくれているよ。見たろう、竹弥、こいつは男娼としてここではけっこう稼ぎ手なんだ。来てすぐこれだけ稼げるやつは珍しいぞ。これでわかったろう? 心配する必要もないさ。もう、こいつのことは今日かぎりで諦めるんだな」
 ぎらり、と開耶の目に怒りが燃えた。
「そうしないと、先輩に客を取らすと言ったのは、あんただろう?」
 その言葉は竹弥には驚きだった。
「そ、それじゃ、君は、俺のために、俺のせいで、こんなことをしているのか?」
 開耶の顔が曇った。
「ちっ、このことだって、本当は知らせないでくれって頼んだのに。……そうです。こいつに脅されたんですよ。先輩のことで、落とし前つけろって言われて……。俺が金を出せないのなら、先輩から取るって言い出して。俺も先輩も学生なんだからそんな金あるわけないし、先輩の家に行ったら、警察沙汰になって困るのはあんただって言ったら……、そしたら、こいつ、先輩を売って金を稼ぐなんて言い出したんです」
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