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乱れ桜 八

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「あ、脱いだ靴はご自分で、そこの下駄箱に入れてちょうだい。スリッパはそちらね」
 あわてて靴を脱ぐ竹弥に、帳簿に目を向けたまま女将が淡々と言った。
「こっちだ」
 杉屋が先に立って階段のある場所へと廊下を進む。
 かすかにきしむ階段をあがり、廊下をさらに進むと、襖がいくつも見えてきた。
「その部屋だが、どうする?」
 女将から待つようにと言われたが、竹弥はとてもそんな気になれない。襖いちまい向こうで開耶がどんな目に合わされているのか。心配でいてもたってもいられなかった。
「すぐ、止めさせてくれよ」
 情のない男とはわかっていても、杉屋に縋らずにいられなかった。
「終わるまでは駄目だ。だが、そんなに心配なら、覗いてみるがいいさ」
 魔物めいた微笑を浮かべ、杉屋がそそのかす。心の内で予想はしていたが、竹弥の足はふるえた。
 見てはいけない。見たくはない。そう思いつつも、やはり見ずにはいられない。
 おずおずと、襖のまえに近づく。
 このとき、あたりにかすかにお香のかおりがただよっていることに気づいた。淫らな匂いを消すためだろうか。
(木南……)
 胸のうちで名をつぶやきながら、竹弥は冷たくなった指で襖の半月型の取っ手に手をかけた。

 あっ……、ああっ! い、いや……!
 ほんの三センチほど開けてみると、くぐもった声が聞こえてくる。
 荒い息遣い。熱をふくんだ空気が廊下に流れてくる。
 信じたくはないが、声には聞きおぼえがあった。
「い、いやだ……、そんなところ!」
 開耶の声である。
 止めねば、助けねばと、咄嗟に身体がうごいたが、背後から強い力で肩をつかまれた。
「よく見てみろ、あいつは嫌がっていないさ」
 そんなことがあるものか、と思ったが、暗い室内でうごめく二つの影は、たがいに引き寄せあっているようにも見えた。
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