翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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乱れ桜 七

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「開耶に会いたいんだそうだ」
「新顔の子のこと? あなた、あの子のお友達?」
 またも女将――としか云いようがない――は、含みを込めた笑みを浮かべる。
「え……ええ。そうですよ。あの、木南はどこに?」
 一瞬、女将は太い眉を八の字にして不満をしめした。
「今仕事ちゅうなんで会わせるわけにはいかないけれど、まぁ、杉さんの連れだから、いいわ。上がってちょうだい。でも、部屋には入らず廊下で仕事が終わるまで待っていてよ」
 その間にも玄関の引き戸が開いて、あらたな客が入ってきた。
「あの……部屋、あいているかな?」
 訊いたのは勤め人らしき背広姿の中年男であり、彼の後ろから、おずおずと、だが好奇心いっぱいで、きょろきょろ辺りを見回しながら若い男が入ってきた。
 大きなバッグを持っているところから、地方から出てきたように見える。竹弥と目が合った瞬間、彼は真っ赤になって顔を伏せた。地味な顔立ちの、いかにも朴訥そうな雰囲気の青年である。
「いらっしゃいませ。さ、こちらへどうぞ」
「ほら、こっちだよ。あ、荷物持ってやろうか?」
「は、はい。すいません」
 若い客の言葉には東北訛りが感じられる。相変わらずきょろきょろしながら、もう一人の男の背を追うように廊下を歩いて行った。
「……田舎にいたら、こういうところは別世界のように思えるんだろうな」
 二人の背を見送って、杉屋がぽつりと言うが、東京そだちの竹弥にとってもここは別世界だ。いや、桜屋敷も別世界だった。近所の人は桜御殿とも言っているらしいが、あの古い家に足を踏みいれたときから、竹弥はもう元の世界に戻れなくなってしまったのかもしれない。
「そうよ。うちはね、お客様にひとときの別世界を……、天国の夢を見てもらうのよ」
 帳簿をつけながら女将が言う。
「あたしたたちみたいな者は、普段は恋人をさがすのにも一苦労なんでね。好きな相手がいてもなかなか泊まれる場所もないしね。ここでは、相手をさがすこともできるし、恋人と自由にくつろぐこともできるからね。あたしの商売は人助けよ」
「ちがいない」
「そ、それより、木南はどこにいるんだよ?」
「二階の『桜の間』よ」
 ここでも桜か、と思うと竹弥は、ますます誰もが愛する春の花が恨めしくなる。
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