翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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乱れ桜 五

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「いいんだ。もう無理をするな。真実のおまえを認めて受け入れろ。そして、これからはそのために生きるといい。もう、どのみちおまえはそうするしかないんだ」
 今までにも、こんな言い方をされたことがあった。まるで、すべて決まってしまったことのように言われた。そんなとき、杉屋が不吉な予言者のように見えてそら恐ろしい。
「本当はこれからまた出かけるのだが、おまえを寂しがらせては悪いからな……」
 甘さと冷たさをふくんだ言葉を耳元にささやかれて、竹弥はぞっとする。
「今日は少し急いで楽しむか」
 言われたとおり、そのあと竹弥はいつになく性急な性戯で強引にたかぶらされ、散らされた。

 出かけるのは久しぶりだった。
 竹弥は不思議な気持ちで車窓にながれる夜の街を、ぼんやり眺めていた。
 逃げようなどと思うなよ――。
 そう脅される必要もないほど脱力していた竹弥は、自分の意志ではなにする気にもなれず、杉屋に手を引かれて、呼んであったタクシーに乗りこみ、そのまま座席に身をゆだねていた。
 あれから、かるく湯を浴び身体を清めて服も着替えたが、それでも自分の身体になにか言い知れぬ淫らな匂いがしみついているようで、運転手の目もはばかられた。車が目的地に着くまで、ひたすら無言をつらぬき、身じろぎひとつしなかった。杉屋もなにも言わない。
「ほら、こっちだ」
 車が止まったのは、繁華街の喧騒から少し離れた場所のようだ。土地勘はまるでないが、東京のどこかであることは確かだ。
 街路樹らしき木々が見え、かすかにだが酔っ払いの声が聞こえてくる。近くに飲み屋がいくつかあるようだ。とおく、列車の走るような音も響く。
(ああ、ここにも……)
 桜の樹が夜目にも美しく咲いていた。
 美しい花であるはずなのに、今の竹弥にとっては忌まわしい呪いの花だ。この花の美しさとやさしさにまどわされて、自分はとんでもない悪所に導かれ、堕ちていったのだ。そんな想いすらわく。
 どれぐらい歩いたか。そう長い距離でもなかったが、さらにたどりついた先には、日本建築の、普通の民家にしてはやや大きな建物が見えた。桜屋敷よりは小さいだろうが、造りはよく似ている。
『笹の宿』そう読める木の看板のようなものが見えるところから、旅館か民宿だと見当がつく。
「ここにおまえの恋しい人がいるぞ」
 誰のことかはすぐ気づいた。 
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