翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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乱れ桜 一

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 竹弥はそれから三日間、おぼろな霧のなかで時を過ごした。なにをしていても頭がぼんやりとして、気になるのは開耶のことばかりである。
 幸か不幸か杉屋は忙しいらしく、あまり竹弥にかまわなくなったので、静かに過ごせていた。浦部や伊能老人の訪れもなく、屋敷はしずまりかえっていた。今なら逃げ出せるのでは、とかすかに考えなかったわけでもないが、やはり写真や開耶のことを思うと逃げることもできない。今や、写真のみならず開耶というあらたな桎梏しっこくがまた竹弥をしばるのだ。
 開耶が連れ去られて三日目の夕暮れ、竹弥は相変わらずぼんやりとしていた。いつの間にか用意されていた座卓の食事を前にして、ほとんど機械的に料理を口にはこんでいた。まったく手つかずだと杉屋の機嫌が悪くなるからだ。
 考えてみれば、杉屋という男は竹弥と出会う以前や、竹弥のそばにいないときは、どこでいったい何をしているのだろう。今になって竹弥はそんなことが気になった。
 この料理をそろえるための金などはどこから出ているのか。伊能老人が話をつけて、竹弥の実家から杉屋に賃金が支払われているのだろうか。屋敷に顔を見せないときは、どこで寝泊まりしているのか。思えば竹弥は杉屋の家がどこなのかもまったく知らない。
 会えばあれほど互いの肌を密着させ、異常なほどに濃密な関係をもってしまったというのに、杉屋自身にかんしては露ほどの知識もないのだ。
 知っていることといえば、歳は二十代後半になっているかどうかぐらいで、まだ若く、たくましく、不敵な雰囲気の美貌にめぐまれ、狡猾で残酷な性格だということと、戦争で親きょうだいをうしなった天涯孤独の身の上だということぐらいか。伊能老人の話では、かつては悪い道に入りもしたという。
(今も充分、悪い道を歩いているじゃないか)
 皮肉な想いに自嘲にも似た一人笑いがもれる。
 それにしても、これからどうなるのか。
 竹弥は箸を置き胡坐あぐらすわりになると、ぼんやりと宙を見つめて、我知らず溜息を吐く。
 杉屋はまだ帰ってこない。今日はもうこの屋敷には帰ってこないのだろうか。
 そう思った刹那、胸から下腹部にかけて、ほのかに熱いものが走った。
(あ……)
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