翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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夢の名残 一

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「ああ……泣かないでください」
 両頬を、ふわりと優しいものがつつみこむ。開耶の細い手にはさまれたのだと思った次の瞬間、ふたたび唇にやわらかな感触が触れてきた。
 今度の接吻は、長かった。先ほどの悪戯のようなものではなく、激しく、深いものだった。
「ん……、んん」
 息苦しさすら感じたが、それでも、なぜか抗おうという気にはなれず、されるがままになっていた。
「なんだか、死んだ清二の魂が俺に乗りうつってきたみたいだ」
 いつもは自分のことを〝僕〟と呼んでいた開耶だが、これからは〝俺〟で通すのかもしれない。
 開耶の両腕が竹弥の頭を抱きこむ。膝立ちなので、布団の上に座っている竹弥の顔は、彼の胸にうずまる。まるで開耶の方が大人で、竹弥の方が幼くなったようだ。
「……ああ、どうしよう。俺も先輩が本当に好きになっていくみたいだ」
 力強く抱きしめられた。ふしぎと竹弥は逆らおうという気にならず、されるがままになっていた。  
 開耶に恋愛感情があるというわけではない。だが、伊吹清二への追憶に胸がいっぱいになってしまい、思考が働かないのだ。むしろ、伊吹の思い出を持つ開耶の身体と触れあうことで、伊吹の残り香を嗅ぐような錯覚がおこり、それは傷ついた竹弥の心を癒してくれる気がするのだ。ほんのわずかだが。
 会えるものなら、伊吹に会いたかった。
 あの夜の自分の冷酷な態度を詫びて、仲直りしたかった。ゆるしが欲しかった。そして、自分の想いも伝えたかった。
(俺も、おまえが好きだ)
 そう言いたかった。
 たとえそれが肉欲をともなわない、あくまでも友情としての好意であっても、好きという気持ちに嘘はない。
 もし――
 竹弥は思う。もし、伊吹が生きていたら、関係をやりなおせたかもしれない。謝って、友人関係は保てたかもしれない。
 その後、どうなったか。
 もしかすれば、友情が恋に発展することも、絶対ないとは言えない。
 生きていれば、幾つもの未来があったのだ。
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