翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
158 / 225

訪問客 八

しおりを挟む
「結局、お袋は僕が中学を卒業するころに、べつの男に走ったんで、そいつの親父とも縁が切れて、やっとそんな生活が終わったんですけれどね」
「……そうか」
 そんな言葉しか言えない。
「義理の親父は数年後に酔っぱらって車にひかれて死んだそうですよ。兄貴の方は、最後に聞いた噂ではヤクザになったらしいですけれどね」
 淡々と語る口調には恨みも憎しみも感じられない。そんな想いを懸けるのも無駄だというように。
「ふうん……」
 わざと気のない返事をしてみた。
「先輩」
 開耶はふと瞳に光を取りもどす。
「このこと、誰にも言わないでしょう?」
 念を押すような口調にも表情にも媚が匂ってくるようで、竹弥は圧倒されそうだった。
「そ、そりゃ、言わないよ。言えるわけないだろう、そんな話」
「ありがとう」
 気づいたとき、すぐ目の前に開耶の白い肌があった。その次の瞬間には、唇に生温かい感触がした。
 一瞬、触れあったかと思うと、すぐにそれは離れた。
 春の光のなかで、舞い散る桜の花びらと花びらが触れあったような接吻だった。
「お、おい……」
 ほのかに香る、男とは思えない甘い体臭に酔いそうになる。
「ふふ。お礼です。いろいろ男に変なことされてきたけれど、こんなふうにしたいと思ったのは先輩が初めてです」
 開耶は、もしかしたら自分を誘っているのだろうか。だとしたら、自分にはそのつもりはないと伝えねば、とは思う。
「あの、悪いけれど、俺は……」
「いや、初めてじゃないか。二度目ですね。最初にそう思った相手は清二だった」
 清二、と告げた言葉に哀切な響きを竹弥は感じとった。
「清二の田舎に行って、家に泊めてもらった夜、一回だけしたんです。寝ていた清二に」
「……」
 竹弥は布団の端を握りしめていた。
 まざまざとその場面が頭に浮かんできた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

朔の生きる道

ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より 主人公は瀬咲 朔。 おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。 特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

処理中です...