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訪問客 四

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「ええ。時々話すこともありました。一度だけ、伊吹……清二の故郷を訪ねたこともあるんです」
 清二と名を呼び捨てにしたことに、竹弥は奇妙なものを感じた。
 やや伏せたままの顔や目からは開耶の気持ちは読みとれないが、言葉にはどことなく含むものが感じられる。
「それは……、旅行で?」
「というか、清二が実家に呼んでくれたんです」
「へぇ……」
 必死に感情を押し殺そうとしたが、開耶の言葉は竹弥にとって衝撃だった。
 伊吹の実家へ遊びにいくほど仲が良かったとは。しかも、そのことを清二からは一度も聞いたことがない。
「知らなかったな。そんなに君と伊吹が仲が良かったなんて」
「意外ですか?」
 ふふふ……。開耶の笑いはあどけない幼児のようだ。だが、なにか引っかかる。
「僕と清二は趣味が合っていたんです」
「……そうかい。伊吹は詩を好んでいたんだよね」
 それも以前、開耶が教えてくれたことだ。伊吹清二がボードレーヌやヴェルレーヌの詩を愛読していたなど、竹弥にとっては意外でふしぎだった。
 自分の知らないことを知っている開耶にたいして、少し落ち着かないものも感じる。
 そんなことを思っていると、杉屋が盆を持って入ってきた。盆には急須と茶碗が見える。竹弥は内心、冷や冷やした。
「粗茶ですが」
 意外なことに、杉屋は丁寧な手つきで盆を置く。今あらためて気づいたが、彼の所作は優雅ですらある。
「あ、どうも」
 開耶ははにかむような笑顔を杉屋に向ける。
 美しくあどけないような笑みに、どこか、媚めいたものを感じて竹弥はまた落ち着かない気持ちになる。なにか、もやもやしてくる。
「……なんだか、印象的な雰囲気の人ですね」
 杉屋が出ていったあとの襖を見つめ、開耶がつぶやいた。頬がうっすら桜色めいて見える。
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