翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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狂い咲き 十

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 最後の瞬間をみはからって、浦部は口で竹弥の情熱を受け止めた。あますところなく飲み干して、息をつく。
「すごい……本当にすごいな。なんだか、おまえ、人間じゃないみたいだな」
 ぐったりとしている竹弥は無言だ。もしかしたら意識を失っているのかもしれない。
「人間じゃなければなんなんだ?」
 やっと杉屋が口を出した。
「蛇の化身か、春の幻か……桜の精かもしれない……」
 外見からは想像もできないようなロマンティックなことを言う浦部を、杉屋は笑うかわりに珍しそうに見た。
「そうかもな。……もしかしたら、この屋敷の幽霊が生きた人間のふりをしているのかもな」
「幽霊……ですか?」
「ああ、この屋敷には幽霊がいるんだ。ひょっとしたら、竹弥のように見えるこいつは、幽霊とすり替わっている幽霊かもしれないな」
 浦部は笑って、竹弥の白い頬を見つめた。
 閉じられた目に、ほのかに開いた唇。絶世という形容詞がつくほどの美貌だ。
 浦部は我知らず胸が高鳴るのを感じた。  
 やはり母親に似ている。かつて、日本じゅうの男の胸を熱くこがした伝説の艶婦えんぷ
 思春期にさしかかったころ、浦部は幾度となく竹弥の母である女優貴蝶の姿態を、妄想のなかで好きなようにして自分を慰めたものだ。
 貴蝶は清純派でも憧れのマドンナというのでもなく、男の欲望をかぎりなく刺激する女であり、女優であった。ファム・ファタール、傾城という言葉があれほどぴったり似合う女優は日本には珍しいだろう。まさに城を傾けるほどに人の心を惑乱させる女であった。実際に会ったわけではないのに、写真や映画を見ていただけで、忘れられない強烈な印象をあまたの男たちに与えたのだから。
 浦部は奇妙な哀愁すら感じながら、母親の面影をとどめた竹弥の横顔に見入った。
 もしかしたら、竹弥には夭逝した女優貴蝶の霊が憑りついているのかもしれない。だから、これほどに自分は惹きつけられ惑うのだろうか。
「……それじゃ、本物の竹弥はどこにいるんですか?」
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