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春獄の宴 七

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 経験があるのだろう。浦部の言葉には実感がこもっていた。
「い、いやだ! そんなことしたら本当に死んでやるからな!」
 残忍な男たちの笑い声が、のどかな春の庭に響きわたる。
「死なれたら困るな。それは却下だ」
 杉屋がゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫ですよ。舌噛まないように猿ぐつわ嵌めさせときますし」
 杉屋はさらに首を横に振る。
「俺はそういうのは好かないんでね」
 この話はそれ以上するな、というふうに口調は強い。
 どうも杉屋は不快になっているようだ。そのことが、ほんの少しだが竹弥の心を楽にした。ほんのわずかだが。
 すこし残念そうな顔をしたが、浦部は美しい獲物をまえに興奮をかくせないでいる。
「でも、すごいな。ああ、あの伝説の美人女優と、当代一の名役者の息子。兄は売り出し中の二枚目俳優。子どものころ、雑誌で貴蝶の写真見るたびにぞくぞくしたもんですよ。大学で初めて見たときは、これが、あのすごい美人の血を引く息子か、と感心したものですよ」
 浦部が無遠慮に竹弥の白い胸を撫でまわす。そこにある白い肌が、夢幻でなく、血を持った生きた人間なのだとたしかめているようだ。
 竹弥は不快さに眉を寄せてのけぞった。
「本当に、ただ廊下歩いているだけでも、映画の場面みたいで。周りの空気がちがって見えた。それが……、今俺の前でこんな姿をさらしているなんて、信じられないや」
 かつて世間にその艶名をとどろかせた往年の名女優は、生き様そものもが夢物語か芝居のようだった。虹の向こうに生きて消えていった麗人の忘れ形見は、この浦部という特殊な嗜好をもつ男の欲望を、かぎりなくかきたてるようだ。
 好色な男はたいていそうだが、浦部も男女問わず美形にたいして執着する。
 だが肥満型で面皰面に分厚い眼鏡をかけている彼の容貌では美しい男女を惹きつけるわけもなく、またこの時代は貞操に関しても人目がきびしく、まして同性への性的嗜好には偏見も厳しい。ふだん抑圧されている欲望は、濁って淀んだものとなって彼の心をきしませ、もともと変わっていた性癖をいっそう歪ませていったようだ。さらに彼は性欲が人一倍強い方なのだろう。
 今、その異常で強烈な欲望が、蜘蛛の巣にかかった蝶のような美しい生贄にむかっているのだ。
「乳首、いじってもいいですか?」 
 竹弥は身体がこわばるのを感じた。
 持ち主に許可をもとめるようにたずねた浦部にむかって、杉屋がうなずく。
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