翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
135 / 225

春獄の宴 七

しおりを挟む
 経験があるのだろう。浦部の言葉には実感がこもっていた。
「い、いやだ! そんなことしたら本当に死んでやるからな!」
 残忍な男たちの笑い声が、のどかな春の庭に響きわたる。
「死なれたら困るな。それは却下だ」
 杉屋がゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫ですよ。舌噛まないように猿ぐつわ嵌めさせときますし」
 杉屋はさらに首を横に振る。
「俺はそういうのは好かないんでね」
 この話はそれ以上するな、というふうに口調は強い。
 どうも杉屋は不快になっているようだ。そのことが、ほんの少しだが竹弥の心を楽にした。ほんのわずかだが。
 すこし残念そうな顔をしたが、浦部は美しい獲物をまえに興奮をかくせないでいる。
「でも、すごいな。ああ、あの伝説の美人女優と、当代一の名役者の息子。兄は売り出し中の二枚目俳優。子どものころ、雑誌で貴蝶の写真見るたびにぞくぞくしたもんですよ。大学で初めて見たときは、これが、あのすごい美人の血を引く息子か、と感心したものですよ」
 浦部が無遠慮に竹弥の白い胸を撫でまわす。そこにある白い肌が、夢幻でなく、血を持った生きた人間なのだとたしかめているようだ。
 竹弥は不快さに眉を寄せてのけぞった。
「本当に、ただ廊下歩いているだけでも、映画の場面みたいで。周りの空気がちがって見えた。それが……、今俺の前でこんな姿をさらしているなんて、信じられないや」
 かつて世間にその艶名をとどろかせた往年の名女優は、生き様そものもが夢物語か芝居のようだった。虹の向こうに生きて消えていった麗人の忘れ形見は、この浦部という特殊な嗜好をもつ男の欲望を、かぎりなくかきたてるようだ。
 好色な男はたいていそうだが、浦部も男女問わず美形にたいして執着する。
 だが肥満型で面皰面に分厚い眼鏡をかけている彼の容貌では美しい男女を惹きつけるわけもなく、またこの時代は貞操に関しても人目がきびしく、まして同性への性的嗜好には偏見も厳しい。ふだん抑圧されている欲望は、濁って淀んだものとなって彼の心をきしませ、もともと変わっていた性癖をいっそう歪ませていったようだ。さらに彼は性欲が人一倍強い方なのだろう。
 今、その異常で強烈な欲望が、蜘蛛の巣にかかった蝶のような美しい生贄にむかっているのだ。
「乳首、いじってもいいですか?」 
 竹弥は身体がこわばるのを感じた。
 持ち主に許可をもとめるようにたずねた浦部にむかって、杉屋がうなずく。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

朔の生きる道

ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より 主人公は瀬咲 朔。 おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。 特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

処理中です...