翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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春獄の宴 三

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「く、来るな!」
 浦部の大きな顔は面皰にきびにおおわれており、それが迫ってくる嫌悪に、竹弥は唇を噛んだ。
「しかし、嬉しいな。近江が俺とおなじ趣味だったなんて」
「な、なに言ってるんだ」
 竹弥はぎょっとして、相手を睨みつけた。
「今更隠すなよ。いいんだ、恥ずかしがらなくて。俺、口は堅いぞ。近江がマゾヒスト……被虐趣味があったなんて、口が裂けても誰にも言いやしないさ」
「ち、ちがう! 趣味じゃない!」
「いいから、いいから。俺もこういうの好きなんだ。もっとも、俺は攻める方のサディストだけれどな。あ、知っているか? 苛められたいのがマゾヒストで、苛めたいのがサディスト。俗に言うSMだな。俺たち、相性が良かったな」
 こんな状況だが、竹弥はこみあげてくる怒りに怒鳴らずにいられない。
「違うと言っているだろう! 俺は好きでやっているんじゃない!」
「へー? じゃ、なんで、こんなことしているんだ」
 浦部は竹弥の手首が縛り付けられている桜の枝を見上げた。どこか、うきうきしているようにさえ見える。
 竹弥は、もしかしたら、浦部が自分を助けてくるれるかもしれないと、わずかにだが期待していたことを自覚した。そして、そのはかない期待が砕け散ったことも自覚した。
 この若い好色漢は、この状況を楽しみ、杉屋の尻馬にのって、自分を嬲ろうとしているのだ。
「お、俺は無理やり、そ、その男に……」
 どう説明していいものか。竹弥の口はうまく動いてくれない。
 自分は不本意だと告げたところで、浦部が助けてくれるとは思えない。むしろ、この男は、喜んで嫌がる竹弥にひどいことをやりそうだ。そういうところのある男だ。
 竹弥は以前から、この浦部慎一という男が好きではなかった。廊下や教室で竹弥を見るたびに、どこかじっとりとした粘つく視線を投げつけてくるのだ。彼の眼鏡のむこうの細い目に燃えるゆがんだ欲望に、竹弥は本能的に気づいていたのかもしれない。
 おそらく、この男は、竹弥のこういった姿を想像しては楽しんでいたのだろう。
「……本当に綺麗だな。ああ、伊藤晴雨の絵を見ているようだ」
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