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春獄の宴 一
しおりを挟む「今日は、客人が来る。桜御殿の客をもてなすのが、おまえの仕事だ」
杉屋は庭で一番太い桜の樹を見上げて、そう言った。
「うう……」
盛りを長く誇った桜も、そろそろ散りはじめている。
陽はたかい。午後を過ぎてしばらくたっていた。春の陽光が燦燦と背徳の屋敷にも振ってくる。
盛りは過ぎても花は充分みごとで、雲と競いあうように、文字通り天を桜の色に染めあげている。
これほど美しい光景のなかに、信じられないような地獄絵図が展開していた。
竹弥はこれが現のことだとは信じたくなかった。だが、手首に食い込む痛みが真実だと告げてくる。
「い、いい加減にしろ、この変態!」
竹弥は半泣きになって杉屋を涙で潤んだ瞳で睨みつけた。
竹弥が怒るのも、もっともだ。
竹弥は浴衣姿のまま、両手を頭上で真紅の紐縄で縛りあげられていた。
今まで幾度となく戒められたが、屋敷の外で縛りあげられたのは初めてで、ひたすら恐怖と怒りに全身をふるわせた。
「怒るなよ。いや、怒った顔はますます色っぽいぞ」
竹弥の哀れな姿を見つめながら、例のごとく杉屋は腕をくんで、笑って見ている。
「ほどけよ、これ!」
「大声出すな。人が来たらどうするんだ?」
「おまえが警察につかまるだけだ!」
身体を必死によじると、桜の樹の枝がかすかにしなる。振ってきた花びらが、幾枚、竹弥の髪にとまり、頬を撫で、肩からやがて地に落ちる。
足はつま先立ちよりかは楽な程度に地面についている。怪我をしないようにと、杉屋が用意した足袋を履かせてもらっていたが、苦痛と恥辱はやわらがない。
「もうすぐ来るはずだがな……」
杉屋が門の方角に目をやった。
「杉屋……!」
竹弥はたまらなくなり、叫んだ。
「た、頼むから、ほどいてくれ! へ、部屋のなかなら、何をされても、も、もう文句は言わないから!」
悔しいが、今はそう言うしかなかった。こんな惨めで異様な姿を他人に見られるなど耐えられない。まして、今日の客というのが浦部なら……。おなじ大学の知り合いにこの格好を見られてしまったら、もう二度と大学へは行けなくなる。
「そんなに慌てるなよ。ちゃんと相手には言ってあるさ。何を見ても外では言わないように、と。その約束で招いたのだからな」
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