翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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孤城の落月 一

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「弟の方は、やっぱりおふくろさん似ですか?」
 若い声が問うと、杉屋が返す声がとぎれとぎれに聞こえてくる。
「ああ、生き写しだ。あの顔見ると、母親を思い出すだろうね」
「銀幕のマドンナかぁ。いいねぇ。俺、子どものころ見た貴蝶の顔、まだ覚えてるよ」
「ありゃ、まさに傾城けいせいだったな」
 親方の懐かしむような声が、竹弥の鼓膜に針束となって突き刺さる。肌寒さなどまるで気にならず、額にも背にも汗を感じていた。
 しかも、杉屋は悪戯をやめない。
 紐がまた引かれた。
(うっ……)
 寸でのところで声を殺したが、体内の道具は微妙に動きつづける。
「あっしは、むかし貴蝶の舞台を見たことがあるんですよ」
「へぇ。なんという芝居なんだい?」
「題は忘れましたが、たしか千姫の役をやっていましたよ。あのときたしか十五、六ぐらいだったかねぇ」
「ああ、そりゃ、親方、『沓手鳥孤城落月ほととぎすこじょうのらくげつ』ですよ」
 若い声が口をはさみ、坪内逍遥つぼうちしょうよう原作の芝居の名を告げる。
「おお、おめぇ、さすがに学があるな。あのときは本当に可愛らしかったですね。後に、淀君を演じたときは、迫力があったねぇ」
『沓手鳥孤城落月』は、関ヶ原の戦のおりの大阪城を舞台にした物語で、当時十六歳だった母貴蝶はこの芝居で千姫を演じて好評を得、子役から卒業した。その十数年後、おもしろいことに偶然、おなじ芝居で淀君を演じることになる。『チャタレイ夫人』に出演するすこし前のことである。
 往時の自分の母を知る人間が、すぐそこにいる。今、こうして、異常な状況に置かれ、尻に淫らな道具を嵌められて、もだえている自分はまさに悪夢を見ているとしか思えない。竹弥は、いっそ気を失えれば、と願いすらしていた。
 杉屋の微妙かつ巧妙な責めは、ますます露骨になっていく。
「あっ……」
 少しでも油断すると声が漏れそうになる。
 竹弥は頭を畳にこすりつけるようし、自然、臀部を突き出す格好を取っていた。
 なんという浅ましく淫らな姿。こんな仕打ちを平然とする男を、自分をここまで堕とした男を竹弥は心から呪った。
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