翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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綱渡り 七

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 どちらの声も、もはやふざけているとは思えない。憎悪と切迫感がこもってきている。
 竹弥は足が地面に釘付けされたように、呆然とその場に立って成り行きを見ていた。
「見せろって」
 頭らしき大柄な少年が、赤いスカートの裾を引っ張りあげた。
「な、なにするんだい、不良!」
「おまえら、おさえていろよ」
 げらげらと笑いながら、他の少年たちは彼に追従する。
 一人の少年は女の背後にまわって、コートにつつまれた肩をおさえこむ。上等そうな焦げ茶色のコートは、客の男からの贈り物なのかもしれない。対して、少年たちの学生服はどれも着古したもので、誰かのお下がりらしくみすぼらしい。女の安っぽいが派手な様子も、貧しい家庭に育った彼らの癇にさわったのだろう。
「やめろ、馬鹿野郎! やめろったら、馬鹿! 不良!」
 中学生とはいっても五人。女一人では勝ち目がない。女はスカートを引っ張りあげられて悲鳴をあげた。
 さすがに竹弥はうろたえた。誰か大人を呼びに行くべきか迷ったが、竹弥のほかにも通行人が近くにいることに気づいた。
 労務者らしい作業着すがたの男が煙草を吸っている。主婦らしき買い物籠を持った女性は、目を伏せて通り過ぎていく。おなじ中学の制服を着た、こちらはごく普通の少年らしい生徒が二人いる。二人は互いに目を合わせて、少し戸惑ったようだが、竹弥とおなじく傍観者を決めこんでいる。皆、見て見ぬふりしているのだ。竹弥もだ。
 見て見ぬふりするなら、さっさと通り過ぎればいいものを、どういうわけか竹弥はそこから離れることができないでいた。
 労務者の中年男などは、煙草をふかしながら、興味津々というふうだ。
 黄昏が迫ってきた初秋の空き地に、女のかすれた悲鳴が響く。
「やめろったら! やめろ、馬鹿!」
「へぇ、上等のモクじゃねえか」
 連中は、彼女のハンドバッグを取り上げ、なかのものを辺りにぶちまけている。
「いただき」
 ここからは見えないが、金目のものか、金自体を見つけたのか、はずんだ声が響く。
「畜生! 泥棒!」
 女の声はいよいよ切羽詰まって、半泣きになっている。竹弥はあせった。誰か止めてくれる人が来ないだろうか……。こんなときどうしていいものか、迷った。
「きゃー」 
 さらに大きな悲鳴が響いて、竹弥は全身を硬直させた。
 三人の中学生が、女のスカートを持ち上げ、頭をすっぽり包み込むようにしたのだ。
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