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異世の果てで 五
しおりを挟む開耶も伊能も帰って、ひとりになってから、その後どう過ごしたのか、頭があまりにもぼんやりしていて竹弥はよく覚えていない。
よろよろと起き上がって、どうにか身づくろいはすませて、ほとんど無意識のまま顔だけは洗った。
その後は、いつの間にか台所に用意してあった食事を、機械的に口にし、あとは自室として使っている部屋にこもって過ごしていた。
気付くと、いつのまにか日が暮れ、辺りが薄暗くなっている。鈍色にうつろいでいく春の夜に、ぽつんと一人この世の果てに置き去りにされた気分だ。竹弥は、いつまでたっても働かない頭をもてあましていた。
六畳の和室には、前の住人が使っていた和箪笥や、文机がそのまま置かれている。ここに住んでいたのは、いったいどういう人間なのだろう。そんなことを、ぼんやりと考えていた。
思えば、前の住人は、杉屋を知っているのだ。杉屋は、もしかしたらこの室で寝起きしていたのかもしれない。
考えると、背筋が寒くなった。
杉屋は戸外から突然あらわれた闖入者ではなく、もともとこの屋敷にひそんでいたのだ。
自分は、古い屋敷に巣を張る恐るべき毒蜘蛛にとらわれた幼虫ではないかとさえ思えてくる。
(逃げよう)
やはり逃げなければいけない。ここにいると、またあんな手酷い辱しめを受けることになるのだ。
しかも――……。竹弥は思い出すと全身が発火しそうになる。
ただ単に苦痛を感じただけではなく、竹弥は最後にはまぎれもなく快楽を感じ、おさえきることのない、ありのままの想いを口にしてしまったのだ。
――ああっ、ああっ、あー、いいー……!
そんな、自分がもらしたであろう、淫らな声が、鼓膜に響いてくる。いたたまれなさに、竹弥はその場に突っ伏しそうになった。
(ここにいたら駄目だ)
竹弥は逃げる決意をした。
そう思った途端に、なにかしら作業するような音が廊下から聞こえてきた。
杉屋が屋敷内にいることは確かだ。伊能老人と話をつけて、まんまとここに居座る権利を得た男は、我が物顔で屋敷のなかで好き勝手に動いているのだ。一刻も早く逃げなければならない。
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