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異世の果てで 四
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「ああ、それは、すまないね。竹弥さん、頂きましたよ。良くなったら食べるといいですよ」
「それにしても、このお屋敷、本当に桜が綺麗ですね」
開耶の感嘆の声。
「そうでっしゃろう? 近所ではこの家のことを桜御殿と呼んでいるぐらいで。まぁ、この時期だけですがね。桜が終わると、今度は西側の藤が、それはそれで見事で」
「へぇ、藤もあるんですか、この家?」
「ええ、一本だけですが、藤棚もこしらえてあります。季節の盛りには、それも見事なもんで」
「贅沢ですねぇ」
竹弥の荒れ狂う心中にまるで気づくことなく、そんな呑気な会話がつづく。
あの男が、この屋敷に住む……。考えただけで竹弥は絶叫したくなる。
開耶が帰ったら、老人にしっかりと断らないと。竹弥は疲れた頭で、必死に考えた。
「あの、伊能さん、俺、いえ、僕は本当に一人でなんとかできます」
開耶が引き上げてから、竹弥はすぐに伊能老人に告げた。だが、相手は聞く耳もたない。
「いやぁ、それでも実家のお義母さんからは、家事をこなせる人を捜してほしい、と最初から言われてましたし。ちょうど良かったやないですか。竹弥さん一人では、この屋敷を全部掃除するのは無理でしょうが。草むしりや、蔵や押入れのもんも整理せなならんし」
いっそ、実家に戻ろうか――竹弥は考えてみたが、あの男は竹弥の恥ずかしい写真を持っているのだ。あの写真があるかぎり、竹弥は逃げれない。むしろ、実家に帰れば、家族まで巻き込みそうで、問題が解決するどころか、ますます取返しのつかないことになりそうだ。
「ああ、では、私はこれで」
何かを思い出したように老人は、あわてて膝を立てて身を起こした。
「今日は杉屋に、なんぞ精のつくもんをこさえるように言うておきましたから」
「あ、あの……」
呼び止める言葉がうまく出ないまま、相手は行ってしまった。
(今日から、あの男がここに住む)
同じ屋根の下で、これからあの恐ろしい悪魔のような男とともに寝起きするのかと思うと、あらためて竹弥の背に冷水が走った。
「それにしても、このお屋敷、本当に桜が綺麗ですね」
開耶の感嘆の声。
「そうでっしゃろう? 近所ではこの家のことを桜御殿と呼んでいるぐらいで。まぁ、この時期だけですがね。桜が終わると、今度は西側の藤が、それはそれで見事で」
「へぇ、藤もあるんですか、この家?」
「ええ、一本だけですが、藤棚もこしらえてあります。季節の盛りには、それも見事なもんで」
「贅沢ですねぇ」
竹弥の荒れ狂う心中にまるで気づくことなく、そんな呑気な会話がつづく。
あの男が、この屋敷に住む……。考えただけで竹弥は絶叫したくなる。
開耶が帰ったら、老人にしっかりと断らないと。竹弥は疲れた頭で、必死に考えた。
「あの、伊能さん、俺、いえ、僕は本当に一人でなんとかできます」
開耶が引き上げてから、竹弥はすぐに伊能老人に告げた。だが、相手は聞く耳もたない。
「いやぁ、それでも実家のお義母さんからは、家事をこなせる人を捜してほしい、と最初から言われてましたし。ちょうど良かったやないですか。竹弥さん一人では、この屋敷を全部掃除するのは無理でしょうが。草むしりや、蔵や押入れのもんも整理せなならんし」
いっそ、実家に戻ろうか――竹弥は考えてみたが、あの男は竹弥の恥ずかしい写真を持っているのだ。あの写真があるかぎり、竹弥は逃げれない。むしろ、実家に帰れば、家族まで巻き込みそうで、問題が解決するどころか、ますます取返しのつかないことになりそうだ。
「ああ、では、私はこれで」
何かを思い出したように老人は、あわてて膝を立てて身を起こした。
「今日は杉屋に、なんぞ精のつくもんをこさえるように言うておきましたから」
「あ、あの……」
呼び止める言葉がうまく出ないまま、相手は行ってしまった。
(今日から、あの男がここに住む)
同じ屋根の下で、これからあの恐ろしい悪魔のような男とともに寝起きするのかと思うと、あらためて竹弥の背に冷水が走った。
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