翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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異世の果てで 二

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 不吉な考えを振りはらうように、竹弥は首を横に振った。
「竹弥さん?」
 襖の向こうから、気遣わしげな声が響いてくる。
「え、ああ、大丈夫です。すいません、なんだか風邪をひいてしまったようで」
「なんや、貧血やのうて、風邪ですか?」
「え、いえ、貧血も少し……」
 しどろもどろになったが、実際、泣いたり叫んだりしたせいで声がかすれており、老人は竹弥の体調不良を疑わなかった。
「ちょうど、良かった。杉屋が、しばらく住み込んでお世話しますさかい」
「え? いえ、あの……! いえ、」
 竹弥はあわてて、言葉をさがした。
 あの男がこの屋敷に住みこむなど、考えただけでもおぞましい。
 当の杉屋はまだ玄関の所にいるのか、庭にでも出たのか、彼の気配はしない。
「あの、僕は一人で大丈夫です」
 なんとかして断ろうとしたが、老人の耳には届かない。
「遠慮せんと。杉屋は、あれでけっこう家事もできますし、何より屋敷のことをよく知っていますさかい」
「え?」
「杉屋は、以前はこの屋敷にいましたから」
 竹弥は息を飲んでいた。
 つまり、ここに住んでいた、ということなのか。まったくの初耳だった。
「そ、そうなんですか?」
 自分の胸の鼓動に翻弄されつつも、どうにか静かな声を出した。
「あれは、戦災孤児でね、かなり苦労して、そのせいか、若い頃は極道もんらとの付き合いもあったようですが、十八か九ぐらいの頃やったかな……、前の屋敷の持ち主に雇われて、ここで住み込みで働いおったんです」
 竹弥は言葉を失っていた。
 以前の屋敷の持ち主というのは、竹弥自身は会ったことはないが、父とは付き合いのある人だと聞かされている。その人物と、どういう付き合いなのか。
 単に、行きずりの犯罪行為ではなく、あの男はこの屋敷と、奇妙な縁で繋がっているのだ。そして、父とも、まったく無縁ではないのかもしれない。ますます、恐ろしくなってきた。
「この屋敷のことならなんでも知ってますから、安心ですやろ。毎年、虫干しのときには助っ人としてかならず来てくれますし」
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