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朝桜心中 二
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無数の薄桃色の花びらが、まるで竹弥を祝福するかのように降ってくる。
「絵になるな」
ぎょっとして振りむくと、そこにはいつの間にか、以前のときのように杉屋が立っていた。
相変わらず上は黒いシャツで、下は紺色のジーパンという、今時のごく普通の若者のような装いだ。いつからそこで竹弥を見ていたのか、腕を組んでおもしそうに、にやにや笑っている。
竹弥は下腹に力を入れ、背筋を伸ばすように努めた。
まちがってもこの男の前で委縮してはいけない。こういう男は、弱い顔をみせると、とことん食らいついてくるのだ。
興行にはヤクザ者がついてまわるもので、もともと芸能の世界とヤクザは切っても切れない関係にあり、そういう連中と、つかずはなれずうまく付き合っていくのが、この時代の舞台稼業の人間の定めである。
関係をこじらせると、奴らは厄介な存在になる、と年長の役者が言っていたのを竹弥は思い出した。付き合い方をまちがえて泥沼に落ちた役者や歌手の話も何人か聞いた。油断すれば恐ろしい脅迫者や寄生虫になる連中である。普通の学生とちがって竹弥は、そういった人種とまったく馴染みがないわけでもない。だからこそ、気をつけねばならないのだ。
「また怖い顔をしているな。せっかくの可愛い顔がだいなしだぞ」
気安く話しかけてくるな、と怒鳴りたいのを竹弥はこらえた。
「人の家に勝手に入ってくるなよ」
相手はまったく物怖じせず、ずかずかと花吹雪のなかに侵入してくる。
「く、来るな!」
「おまえの家でもないだろう?」
「今は俺が借りているから、俺の家だ」
くくくくく……。
竹弥のせいいっぱいの虚勢を嘲笑いながら、杉屋はさらに近づいてくる。
飴色がかった肌が、黒光する瞳が、ほのかな体臭が、竹弥に迫ってくる。
「俺はちゃんと許可を取ってこの家へ来ているんだぞ」
「伊能さんが何言ったか知らないが、俺はおまえをここへ入れる気はまったくない!」
「ふん。本当に生意気な餓鬼だな」
「あっ」
「絵になるな」
ぎょっとして振りむくと、そこにはいつの間にか、以前のときのように杉屋が立っていた。
相変わらず上は黒いシャツで、下は紺色のジーパンという、今時のごく普通の若者のような装いだ。いつからそこで竹弥を見ていたのか、腕を組んでおもしそうに、にやにや笑っている。
竹弥は下腹に力を入れ、背筋を伸ばすように努めた。
まちがってもこの男の前で委縮してはいけない。こういう男は、弱い顔をみせると、とことん食らいついてくるのだ。
興行にはヤクザ者がついてまわるもので、もともと芸能の世界とヤクザは切っても切れない関係にあり、そういう連中と、つかずはなれずうまく付き合っていくのが、この時代の舞台稼業の人間の定めである。
関係をこじらせると、奴らは厄介な存在になる、と年長の役者が言っていたのを竹弥は思い出した。付き合い方をまちがえて泥沼に落ちた役者や歌手の話も何人か聞いた。油断すれば恐ろしい脅迫者や寄生虫になる連中である。普通の学生とちがって竹弥は、そういった人種とまったく馴染みがないわけでもない。だからこそ、気をつけねばならないのだ。
「また怖い顔をしているな。せっかくの可愛い顔がだいなしだぞ」
気安く話しかけてくるな、と怒鳴りたいのを竹弥はこらえた。
「人の家に勝手に入ってくるなよ」
相手はまったく物怖じせず、ずかずかと花吹雪のなかに侵入してくる。
「く、来るな!」
「おまえの家でもないだろう?」
「今は俺が借りているから、俺の家だ」
くくくくく……。
竹弥のせいいっぱいの虚勢を嘲笑いながら、杉屋はさらに近づいてくる。
飴色がかった肌が、黒光する瞳が、ほのかな体臭が、竹弥に迫ってくる。
「俺はちゃんと許可を取ってこの家へ来ているんだぞ」
「伊能さんが何言ったか知らないが、俺はおまえをここへ入れる気はまったくない!」
「ふん。本当に生意気な餓鬼だな」
「あっ」
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