翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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罪の子 九

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 あの日、杉屋が最初に手にしていたズタ袋を思い出した。仕事道具を入れていたのだと思っていたが、あのなかに写真機が入っていたのだ。いや、杉屋にしてみれば、たしかに仕事の道具なのだろう。
(畜生!)
 竹弥は歯を食いしばった。
 写真のなか、天を仰ぐようにのけぞっている顔が、かすかに見える。知っている人が見れば、これが竹弥だと判断できてしまうだろう。
 しかも……、竹弥が耐え難いことに、そのかすかに見える表情には、あろうことか愉悦が浮かんでいるのだ。
(畜生! 畜生! 畜生!)
 竹弥は写真を破った。
 だが、これ一枚を破ったところで、写真はいくらでも刷れる。これは、杉屋の示威行為なのだ。俺はおまえの絶対的弱味を手にしているのだ、と。
 あの男は、また来るだろう。
 こんなふうに脅迫するような真似をして、竹弥を追い詰めて、どうするつもりなのか。
 今度こそ、本当に警察へ行くべきか……。悩んだところで、答えは出ている。
(そんなこと、絶対にできない。できるわけがない!)
 こんな淫らな浅ましい姿の写真を警察に見せることなど死んでもできない。いや、仮に写真の件はかくせても、事情をどう説明すればいいのか。
 弁護士に相談してみようかとも思ったが、父が懇意にしている弁護士に、こんなことは相談できない。別の弁護士に相談するにしても、学生の身である竹弥には、その費用をどう工面すればいいのか。
 思いきって父や兄に打ち明けて助けを求めるか……。それも即、却下である。
(死んだほうがマシだ)
 家族にこのことを知られるぐらいなら、死ぬ。竹弥は決意していた。
(でも、俺ひとりじゃ死なない)
 そうだ。死ぬのなら、あの男も道連れだ。
 だが、その前に、なんとしてもこの写真のネガをあの男から奪い取り、処分しなければならない。
 あんな下卑た男に、近江竹弥が汚されたことなど、誰にも知られてはならないのだ。近江竹弥のこんな姿は、誰にも見られてはならないのだ。
(どうすればいいんだ……)
 その夜、竹弥は怒りと悔しさで一睡もできず、一晩中、懊悩しつづけた。
 
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