翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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罪の子 七

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 竹弥の苦笑に、真顔で開耶はこたえた。
「写真もないぐらいですから、実感がないんですよ。俺にとって父というのは、子どものとき少しだけ一緒に暮らした人ぐらいかな」
「パトロンの人とは違うのかい?」
「パトロンの知人かな。そもそもパトロンが紹介してくれたらしくて」
 話がどんどん複雑になっていくので、竹弥は、あわてて話題を変えた。
「あ、そうだ、伊吹が好きな詩の題、教えてくれないかな」
 やはり興味があった。
「ありふれていますけれど、『巷に雨の降るごとく』です」
 フランス詩にあまり興味のない人間でも、その名前ぐらいは聞いたことのある詩人ポール・ヴェルレーヌの代表作である。
 今度、あらためて読んでみよう、と竹弥は心にとどめた。
「近江先輩、今、この近くに住んでいるんですよね?」
 開耶も別のことを訊いてきた。
「あ、ああ。歩いて十分ぐらいかな」
「アパートですか?」
「いや、一軒家」
「へー、すごいや。今日、お邪魔しちゃ、駄目ですか?」
 一瞬、躊躇したが、竹弥もすこし人恋しくなっていたのか、このまま開耶と食べてすぐ別れるのが味気ないような気持ちになっていた。
「ああ、いいよ」

 商店街を抜け、静かな通りを歩き、古い住宅街を進んでいくと、邸が見えてきた。
「うわ、大きいですね。お城みたいじゃないですか? こんな家で一人暮らしだなんて、すごい」
 開耶がはしゃいだ声をあげて、あたりをきょろきょろ見回す。
「この家は、縁のある人のものでね。しばらく貸してもらっているんだ」
「贅沢ですね。いいな。僕もこんなお邸に住んでみたいな」
 物珍しそうに開耶は、塀や庭木を眺めている。辺りにはすでに薄い闇が忍び寄ってきていた。
 開耶に曖昧に笑ってみせ、門扉まで来て、竹弥の足は止まった。
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