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罪の子 六

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 そんなことを思っていると、開耶が鼻を鳴らした。
「おふくろはには結局、芯がないというのか、……軽いんですよ。あれやったり、これやったりで、仕事にも核となるものがないまま、ずるずるやってきたようなもんですよ。だから、大成できずに、三流、いえ、四流の歌手で終わってしまったんだ」
 開耶の口調は淡々としているが、目には今までなかったかすかな怒りのようなものが散らついた。それはやはり母への愛があるからだろうか。
「そんなこと言うもんじゃないよ。客に言われたら嫌とはいえないのが、そういう稼業のつらいところなんじゃないかな」
 母親に容赦がない開耶を見ていると、竹弥は、つい教師のようなしたり顔で説教してしまう。
 だが実際、どんな有名役者や歌手でも、自分の好きな仕事だけをやって生きていくのは無理だということを、竹弥は聞き知っていた。嫌な仕事でもこなしてこそ一流だという人もいる。
「お母さんは苦労されたんだろうね」
 戦時中に外国人の子どもを産んだのだから、その後の苦労は相当のものだったろう。まして歌手なら、世間の目はいっそう厳しかったろう。
「生まれたときは、僕はほとんど見た目は日本人だったんですよ。もし僕の目が青くて髪が金髪だったら、まちがいなく、すぐ殺されていたでしょうね」
 そういうことが、ないとはいえない時代のことである。竹弥が子どものときですら、当時住んでいた近所のゴミ捨て場に、肌の黒い赤ん坊が捨てられていたことがあり、ゴミ出しに行った家政婦が悲鳴をあげて帰ってきたこともあった。
「もうひとつ運が良いことに、当時お袋には、上海へ行く前から付き合いがあった、けっこう裕福なパトロンがいて……。まぁ、その人がいろいろ助けてくれたおかげで、なんとかやってこれたんです」
「へぇ……」
 それを不道徳だ、と言うような感性を持ちえない環境で育った竹弥である。芸能の世界では、一本立ちできない若手が後援者という名の愛人を持つこともめずらしくはない。
 いや、一本立ちしていても、金を出してくれる贔屓はむげにできない。パトロンになりたがる男や、ときに女がいないと、成り立たない世界でもある。そして莫大な金を落としてくれる者ほど、色への欲も強い。
「お父さんはその後どうしたんだい?」
「知りませんよ。もう死んでいるんじゃないですか」
「あっさりしているね」
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