翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
56 / 225

罪の子 六

しおりを挟む
 そんなことを思っていると、開耶が鼻を鳴らした。
「おふくろはには結局、芯がないというのか、……軽いんですよ。あれやったり、これやったりで、仕事にも核となるものがないまま、ずるずるやってきたようなもんですよ。だから、大成できずに、三流、いえ、四流の歌手で終わってしまったんだ」
 開耶の口調は淡々としているが、目には今までなかったかすかな怒りのようなものが散らついた。それはやはり母への愛があるからだろうか。
「そんなこと言うもんじゃないよ。客に言われたら嫌とはいえないのが、そういう稼業のつらいところなんじゃないかな」
 母親に容赦がない開耶を見ていると、竹弥は、つい教師のようなしたり顔で説教してしまう。
 だが実際、どんな有名役者や歌手でも、自分の好きな仕事だけをやって生きていくのは無理だということを、竹弥は聞き知っていた。嫌な仕事でもこなしてこそ一流だという人もいる。
「お母さんは苦労されたんだろうね」
 戦時中に外国人の子どもを産んだのだから、その後の苦労は相当のものだったろう。まして歌手なら、世間の目はいっそう厳しかったろう。
「生まれたときは、僕はほとんど見た目は日本人だったんですよ。もし僕の目が青くて髪が金髪だったら、まちがいなく、すぐ殺されていたでしょうね」
 そういうことが、ないとはいえない時代のことである。竹弥が子どものときですら、当時住んでいた近所のゴミ捨て場に、肌の黒い赤ん坊が捨てられていたことがあり、ゴミ出しに行った家政婦が悲鳴をあげて帰ってきたこともあった。
「もうひとつ運が良いことに、当時お袋には、上海へ行く前から付き合いがあった、けっこう裕福なパトロンがいて……。まぁ、その人がいろいろ助けてくれたおかげで、なんとかやってこれたんです」
「へぇ……」
 それを不道徳だ、と言うような感性を持ちえない環境で育った竹弥である。芸能の世界では、一本立ちできない若手が後援者という名の愛人を持つこともめずらしくはない。
 いや、一本立ちしていても、金を出してくれる贔屓はむげにできない。パトロンになりたがる男や、ときに女がいないと、成り立たない世界でもある。そして莫大な金を落としてくれる者ほど、色への欲も強い。
「お父さんはその後どうしたんだい?」
「知りませんよ。もう死んでいるんじゃないですか」
「あっさりしているね」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

朔の生きる道

ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より 主人公は瀬咲 朔。 おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。 特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

処理中です...