翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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囚われて 八

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 文系の大学生というのは皆理屈っぽいものだが、開耶も外見ににあわず負けん気がつよく、自分の感想や意見、見解を堂々と述べ、噛み合わない相手とは、それが上級生であっても臆することなく議論にもちこんだ。竹弥も、けっこう噛みついてこられて、ときに閉口したが、終われば屈託のない笑顔を向けてくる彼を憎むことはできなかった。
 二人は駅前にある『エトランゼ』という小さな喫茶店に入った。扉をあけた瞬間、コーヒーと煙草のにおいが迫ってくる。そして煮込んだソースの、美味しそうな匂いも。喫茶店と洋食屋を兼ねているようだ。
 薄暗い店内の片隅の、あいている小さなテーブルに、二人は向かいあって腰かけた。
 昨年から流行っている『コーヒー・ルンバ』の、リズミカルでどこか物悲しいようなメロディが、会話にさしつかえない程度の音量で響いてくる。
「そういえば先輩、伊吹さんのことは、残念でしたね」
 席につくなり開耶は神妙な顔になって告げた。
「ああ……」
「先輩は、学校でも寮でも付きあいがあったんですから、いっそう辛いでしょう?」
「……まあね」
 言われるまでもない。竹弥は煙草のけむりにむせた振りをして目をそらした。伊吹清二の屈託のない笑顔が目に浮かんでくる。忘れられるわけもない。あれからまだ半年もたっていないのだ。
「君は、伊吹とは付き合いがあったのかい?」
 そう訊いたところでウェイトレスが注文を訊きにきたので、いったん会話を止めて、開耶はオムライスを、竹弥はナポリタンをそれぞれ頼んだ。それと食後のコーヒーも。
「……以前、新宿で柄の悪い連中にからまれて困っていたとき、偶然通りかかった伊吹先輩が助けてくれたんです」
「へぇ……。あいつは腕っぷしが強いからな」
 だが、杉屋には負けるだろうな、とぼんやり竹弥は奇妙なことを考えていた。
「面白いですよね、あの人は。喧嘩が強くて、単車も好きで……それでいて詩を読んだりするんだから」
「詩? あいつ、詩を読んだりするのか?」
 意外だった。伊吹は英語は専攻していたが、あくまでも実用英語で、文学への興味はそれほどなかったと思っていたのだ。
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