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囚われて 五
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警察へ行くことも伊能に告げることも、本当は出来ないことを、一番よく知っているのは竹弥だ。
昨日のことが、万が一にも人に知られ、噂にでもなったら、竹弥のみならず、家族まで巻き込んでたいへんな醜聞となる。
だが、ここははっったりでも虚勢でも張りとおさねばならない。薄暗い蔵のなかとちがって、燦燦と降る陽光の下でのこともあり、竹弥はどうにか杉屋相手にひるむことなく吼えた。
相手はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「見た目とちがって、気が強いな。本当に楽しいぜ。遊び甲斐がありそうだ」
「出ていけ!」
「わかった、わかった、出直すよ」
あまりにもあっさり言われ、逆に竹弥は面食らった。
けらけらと笑って、男は黒い背を見せ、本当に去っていく。だが、去りぎわに振りむき、奇妙な捨て台詞を吐いた。
「飯はちゃんと食えよ」
困惑したまま屋内に戻った竹弥は、茶の間となる室のちゃぶ台の上に、布巾をかけられた握り飯が三つ置いてあることに気づいて仰天した。朝食がわりに飲んだ茶の碗と、ならべるようにして置かれてあるのだ。
まさかと思うが、杉屋が持ってきたのだろうか。杉屋自身が米を炊いて握ったのか、と想像すると、どうにも珍妙で気が抜ける。
よもや毒でも入っているのかと思ったが、昼近くになっていたころで、さすがに空腹だったので、おそるおそる食してみると、意外にも美味かった。
本当なら、自分にあんなひどいことをした男が持ってきたものなど、即座に捨てるべきなのだろうが、それをしないのは、先ほど庭で見た桜の花の、人を陶然とさせる光景にまだ酔っていたのかもしれない。
それにしても……、竹弥は首をひねった。
昨日は竹弥をさんざんにいたぶった男が、お腹を空かせた子どもに食べ物をあたえる慈母の真似事をするなど、あまりにもそぐわない。
(いったい、なんなんだろう……?)
とまどいつつも、騙されてはいけない。そう警鐘を鳴らす自分がいる。
そして、その警鐘が当たっていたことを、後になって竹弥は知ることになった。
昨日のことが、万が一にも人に知られ、噂にでもなったら、竹弥のみならず、家族まで巻き込んでたいへんな醜聞となる。
だが、ここははっったりでも虚勢でも張りとおさねばならない。薄暗い蔵のなかとちがって、燦燦と降る陽光の下でのこともあり、竹弥はどうにか杉屋相手にひるむことなく吼えた。
相手はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「見た目とちがって、気が強いな。本当に楽しいぜ。遊び甲斐がありそうだ」
「出ていけ!」
「わかった、わかった、出直すよ」
あまりにもあっさり言われ、逆に竹弥は面食らった。
けらけらと笑って、男は黒い背を見せ、本当に去っていく。だが、去りぎわに振りむき、奇妙な捨て台詞を吐いた。
「飯はちゃんと食えよ」
困惑したまま屋内に戻った竹弥は、茶の間となる室のちゃぶ台の上に、布巾をかけられた握り飯が三つ置いてあることに気づいて仰天した。朝食がわりに飲んだ茶の碗と、ならべるようにして置かれてあるのだ。
まさかと思うが、杉屋が持ってきたのだろうか。杉屋自身が米を炊いて握ったのか、と想像すると、どうにも珍妙で気が抜ける。
よもや毒でも入っているのかと思ったが、昼近くになっていたころで、さすがに空腹だったので、おそるおそる食してみると、意外にも美味かった。
本当なら、自分にあんなひどいことをした男が持ってきたものなど、即座に捨てるべきなのだろうが、それをしないのは、先ほど庭で見た桜の花の、人を陶然とさせる光景にまだ酔っていたのかもしれない。
それにしても……、竹弥は首をひねった。
昨日は竹弥をさんざんにいたぶった男が、お腹を空かせた子どもに食べ物をあたえる慈母の真似事をするなど、あまりにもそぐわない。
(いったい、なんなんだろう……?)
とまどいつつも、騙されてはいけない。そう警鐘を鳴らす自分がいる。
そして、その警鐘が当たっていたことを、後になって竹弥は知ることになった。
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