翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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囚われて 四

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 十一時ぐらいになると、それにも飽きて、昨日のように縁側から下りて、庭の空気を吸うことにした。
 明け方に小雨でもぱらついたのか、かすかに土は湿っており、雨のにおいと土のにおい、若葉のにおいが入りまじり、辺りはなんとものどかな雰囲気に充ちている。
 桜の木々の向こうには白塗りの壁が見える。その向こうにある外界が、別世界ではと思えるぐらい、ここはふしぎな桜の園と化していた。桜の香、春の香に竹弥は酔った。
 明るい陽射しのもと、桜の花びらが一枚、二枚、散ってくる。春の女神か、桜の精が、庭のどこかにひそんでいるのかと思わせるほどに美しい光景だ。
 竹弥は魅入られるように桜の樹を見上げていた。心が桃霞ももがすみ彼方かなたへと吸いこまれていきそうだ。
 こうしていると、やはり昨日起こったことはすべて、この古い屋敷が見せた妖しい幻か淫らな夢だったのではないかと思えてくる。
(そうだ。忘れよう……あれは、本当に悪い夢だったんだ)
 本当に忘れられるわけもないが、無理やり自分にそう言い聞かせたそのとき、
「絵になるな」
 突然、背後からそんな声が響いてきた。

「なっ!」
 振り返った瞬間には、相手のたくましい腕に抱きこまれていた。
「おっと、騒ぐなよ、坊や。まぁ、騒いだところで誰も来ないだろうがな」
「お、おま……え!」
 昨日の悪夢が具現化したように、目に黒い男が入った。黒いズボンに黒い半袖のシャツ。黒ずくめなのだ。まるで悪魔か死神が春の陽のもとにあらわれたようだ。
 対して今日着ている竹弥のシャツは白だ。選んだわけではないが、竹弥の持っている上服は白いものが多い。
 金色こんじきの日差しのなか、漆黒と純白の上半身がからみあった。
「は、はなせよ! な、なんで、ここに!」
「つれないことを言うなよ。昨日はあんな可愛い声を聞かせてくれたじゃねぇか」
 身の内で燃える恥辱の炎に竹弥は我をうしないそうになる。
「はなせよ、卑怯者! 二度とここへ来るな! で、でないと、警察へ行くからな。伊能さんにも言う!」
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