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囚われて 二

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 伊能老人は竹弥の権幕に目を見張った。
「あ、あの、いえ、……いいです。もう、仕事はほとんど終わっていたみたいだし」
 咄嗟に竹弥はそんなことを言って、老人の疑うような目をそらそうとした。
「なんぞ、あの男が失礼なことでも? もし、そうやったら私が代わりに謝りますで。あれは、育ちが育ちなんで、礼儀知らずなところもありますが、根はそう悪い男やないですし」
 どこが! と竹弥は怒鳴りつけたくなったが、かろうじて口を閉じていた。
「いいんです。あの人は、もういいです」
 竹弥は目線を膝上の毛布に向けた。
「いや、そうもいかんのです。虫干しせなならん道具もたくさんありますし。見たでしょう、中の道具?」
 頬が燃えあがりそうになった。この老人は、蔵のなかにある物がどんなものか知っているのだろうか。あの異常でおぞましい椅子や、淫らな玩具のことを。想像すると恐ろしかった。だが、相手の口調はごく自然で、皮肉や当てこすりを言っているようにも思えない。
「それに、この家の管理はやっぱり若い男一人には無理ですし。あんた身体も弱いみたいですし、あれに住み込んで家のことをしてもろうたら、と思って本家に連絡したんですよ」
「やめて下さい!」
 言ってから、竹弥は自分はこの屋敷の居候だと気づいた。本家というのは、持ち主のことで、父とは縁があり昵懇じっこんの間柄ではあるというが、竹弥自身はよく知らないのだ。実家からは幾ばくかの賃料は払われているようだが、それでも竹弥には邸のことに口をはさむ権利はない。
「あ、あの、大丈夫ですよ。住み込みだなんんて、とんでもない!」
 竹弥の言葉に老人は眉を丸めた。
「あれは見かけによらず、家事も完璧ですよ。料理屋で働いたこともあるんで、料理もそこいらの主婦よりはるかにうまいし」 
 老人は杉屋のことをよく知っているようで、それも竹弥には奇妙に感じられた。いったい、あの杉屋という男はどういう男なのだろう。伊能氏とはどういうかかわりがあるのか。だが、今はそんなことはどうでも良かった。
「と、とにかく、いいです。俺、いえ、僕は一人暮らしをしたいんで」
「そうはいうても……」
 関西の訛りをつよく出して、相手は迷いをつたえる。
「今日みたいに倒れたりすることがあったら大変ですやろ」
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