翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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囚われて 一

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 竹弥は、果てしない闇に呑まれる夢を見ていた。
 黒い海の底に落ちていくような感覚のなかで、竹弥は必死にもがいていた。それが夢だと気づいてきたが、苦しみは変わらない。
 落ちて、落ちて、深海の底で、竹弥はいっそ不思議な安らぎを得ていた。だが……。

 誰かの声が聞こえる。
 笑い声も聞こえる。

 ふふふふふ。
 くすくすくす。
 はははははは。

 竹弥は少し腹が立ってきた。人がこれほど苦しんでいるというのに……。
 そんなことを思っていると、闇に一条の光を感じた。
 まぶしい……。瞼がひきつる。おそるおそる、もう一度もがいてみると、今度は、身体が動いた。

「お、目が覚めたようですな?」
 その声に、一瞬にして現実世界に引き戻された。
「ああ、そのまま、そのまま。あんた、蔵のなかで貧血起こしたんですよ」
 言葉には、やはり関西の響きがある。伊能老人が心配そうな顔をつくっているのが、まず目に入った。
 視界がひらけてくると、そこは、竹弥が午睡をむさぼっていた和室だった。電球が煌煌とまぶしく感じるのは、夜も遅いせいだ。
「あ、あの……」
 畳のうえにそのまま寝かされていたらしく、節々ふしぶしの痛みをこらえて起き上がってみると、まず自分が服を着ていたことに安堵した。
「やっぱり、身体が本調子でなかったようですね。杉屋から連絡もろうたときは、びっくりしましたよ。ご実家へ知らせようかと思ったんですが、杉屋がすこし様子を見てからにしよう、言うたんで」
 最後の言葉は弁解がましく聞こえたが、実家に知らせないでくれたのはありがたかった。
 一瞬にして、今の状況を理解した。あれから、杉屋がこの室へ自分を運んだのだろう。座布団を枕がわりにされていたようで、起き上がった身体には焦げ茶色の毛布がかけられていた。
「あ、あの人は……?」
「杉屋ですか? あれは帰らしましたよ。仕事が途中なんで改めてまた来るよう言っておきましたが」
「こ、来なくていい!」
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